2008年12月21日
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未来創造堂 第140回 中村勘太郎 柳原可奈子

未来創造堂 第140回のゲストは、中村勘太郎さん、柳原可奈子さんでした。

●コダワリのトーク

中村勘太郎さんのコダワリは、ピータン

勘太郎さんは、「ピータン」とあだ名を付けられたことがあるくらいピータンが好きなんだそうです。
一番良く食べていた頃は、毎日出前で注文していたんだとか。
子供の時、物心付く頃からピータンは好きだったという勘太郎さんおすすめのピータンは
「麻布 登龍」さんのピータンだそうです。
クセがあって好き嫌いの分かれるピータンですが、憲武さん西尾アナ柳原さんは大丈夫みたいでした。
ピータンは、アヒルの卵を炭酸ソーダや石灰などを水で溶いた泥に漬け込んで作ります。
漬け込む事で卵の脂質やたんぱく質が変化、漬け込む時間で硬さが変わるそうです。

スタジオに珍しいピータンが用意され、みんなで試食

「クリーミーピータン 菜香新館」
とても柔らかくクリーミーなんだそうです、クセが強いという意見が多かった。

「うずらピータン」
うずらの卵のピータン、後半カニ味噌のような味がするそうです。

「鳥骨鶏ピータン 文琳」
鳥骨鶏の卵のピータン、高級品ですごく柔らかいピータンみたいです。
その味に勘太郎さんは、大絶賛していました。

最後に、世界一のピータンが登場
中華料理人達が口を揃えて世界一だと言うピータンを香港から空輸
「香港 ヨンキーレストラン」のピータン
とにかく味が濃いみたいです。勘太郎さん以外は悶絶していました^^;



柳原可奈子さんのコダワリは、見つめていたい

じ〜っと何かを眺めるのが好きなんだという柳原さん。
それを見ている間は、無になれるような感じがするんだそうです。
眺めるのが好きな物の1つ目が「ヒトデ」
自分では飼ってないとのことですが、水族館のタッチプールでよく触ってるそうです。
スタジオに数種類のヒトデが用意され、みんなでタッチ!
カワテブクロという大きなヒトデから小さいヒトデにみんな大興奮!
ヒトデには、ちゃんと表と裏があって、ひっくり返されると自力で元に戻るそうです。
その習性をみんなで観察、ゆっくりゆっくり体をひねるヒトデに見入ってました。

見つめていたい物の2つ目が「シュレッダー」
柳原さんの家にあるシュレッダー「PS-79Ci フェローズ」
がスタジオに用意され、いつもやってる様子を再現してくれました。
柳原さんは、仕事で貰ったスケジュールとか台本なんかを溜めておいて
休みの日に一気にシュレッダーにかけるそうです。
貯まった書類等を見て、仕事を思い返し、ちょっと失敗したなぁと思った時
その書類をシュレッダーにかけると、その思いも食べてくれる感じがするんだとか。
シュレッダーを見つめる柳原さんの表情は、ホントに楽しそうでした。

スタジオに色々なシュレッダーが登場
「展示用のスケルトン 明光商会」
処理されていく様子が見えるようになっている物です。
展示用だから販売はされてないのかもしれません。
処理された紙は、粉々になってまるでシラスのような状態になってました。

「MSシュレッダー ID-500DM 明光商会」
VHSビデオテープを処理してくれるシュレッダーです。
処理の様子は見えませんでしたが、スゴイ音を出してビデオテープを処理。
ビデオテープは見事に粉々になっていました。
その様子は、柳原さんだけでなく他の人も衝撃を受けていた感じでした。


●コダワリのVTR
「シュレッダーの未来を切り拓いた男 高木 禮二」

昭和30年代、高度経済成長真っ只中の日本では、オフィス危機の需要も高まり
複写機などの新しい機器が爆発的に売れるようになりました。
高木禮二は、複写機や複写機などに使う現像液の販売を手掛けていました。
高木は、取引先で廃棄処分される紙の量がどんどん増えていることに気付き
中には外部に漏れてはマズイ書類も含まれていることを知りました。
当時、書類等の処分は燃やしてしまうのが一般的でしたが
焼却炉からでるバイ煙が大きな社会問題となってきていた時期でした。
今後は、大事な書類を燃やさずに処分する機械が必要となる。高木はそう直感しました。

紙をどのように処分したら良いのか・・・ 高木は色々な方法を試しました。
薬品で溶かす方法・急速冷凍して粉砕する方法・水でこねて粘土状にする方法など
処理は出来るものの、どの方法もオフィスでやるには実用的ではない、高木は行き詰りました。
そんな時、行きつけのうどん屋でうどんの麺を見て、高木はひらめきました。
うどんの製麺機のような原理で機械を作ればいいんだ。
製麺機のカッターを元に、紙でも滑らないようギザギザの付いたカッターを開発。
これにより、1枚の書類をうどんのように細長く裁断することに成功。
こうして昭和35年、シュレッダー一号機が誕生。
「寸断する」という意味の英語shred(シュレッド)から、msシュレッダーと名付けました。
完成したものの、この機械はサッパリ売れませんでした。
高度成長期のこの時、企業に機密保持という考えがなかったからです。
いつか必要になる時代がくるという信念を元に、高木は諦めず宣伝活動を続けました。
新聞に広告を出したり、テレビのコマーシャルも作りました。
地道な活動を続ける中、高木を奮起させる事件が起こります。

昭和39年、印刷会社の廃棄書類から企業秘密を盗んだロシア人が逮捕、日本発の産業スパイ事件です。
この事件をさかいに、機密保持の重要性がささやかれるようになります。
紙を縦に裁断する機械はドイツでも開発されており、
単調な縦方向だけの裁断では、スパイ達に書類を再現されてしまうのです。
もっと細かく裁断する機械を作ろう。高木は新たな機械作りを始めます。
これまでの縦方向の裁断に加え、第3のカッターで横方向にも裁断するようにしました。
これにより、紙はより細かく裁断されることになりましたが
規則的な裁断では、復元されてしまう可能性があります。
そこで、紙をひきちぎるように切れないかと考えます。そうすれば大きさはバラバラになる。
高木は、円盤状だったカッターに突起を付けた新たなカッターを開発しました。
昭和52年、「ワンカットクロスカッター」を使ったシュレッダー「MSシュレッダーCU型」が完成
現在でも同じ仕組みが使われており、進化した最新のシュレッダーは
A4サイズの書類が約12000ピースのバラバラの紙くずに裁断されるようになりました。
シュレッダーという呼び名は海外でも使われるようになり
情報漏えいに厳しい、アメリカの国防機関でもこのシュレッダーが使われています。


●コダワリのオススメ
・オールゴム製のトートバッグ

密売東京
http://www.mitsubai.com/tokyo/detail/tk006909.html

全体がゴムで出来ているバッグ。上記サイトで購入出来ます。
ゴム製のユニークなバッグですが
日光や雨に弱く、取り扱いには注意が必要みたいです。



posted by コダワリ お梅 at 17:18 | TrackBack(0) | 未来創造堂 放送回> 未来創造堂 第131〜140回| このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2008年12月14日
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未来創造堂 第139回 長谷川穂積 MEGUMI

未来創造堂 第139回のゲストは、長谷川穂積さん、MEGUMIさんでした。

●コダワリのトーク

長谷川穂積さんのコダワリは、時計修理

ボクシングWBC世界バンタム級チャンピオンの長谷川穂積さん
世界チャンピオンになる前は、時計修理のバイトをやっていたそうです。
修理の細かい作業とボクシングは掛け離れてる感じがしますが
長谷川さん曰く、高級時計を修理する時の緊張感は似ているんだとか。
壊しちゃいけない緊張感と出来た時の達成感に生きがいを感じている程で
今でも電池交換する友達がいたら、俺にやらしてとお願いするそうです。

そんな長谷川さんの電池交換の技を見せてくれました。
電池の裏フタには小さな穴があって、経験のある人はその穴をすぐ見つけることが出来るそうです。
私も自分の腕時計を見てみたんですが、サッパリわかりませんでした^^;
その穴に専用の工具を刺すと、ポコっと裏フタが外れます。
そして、小さな電池を取り出し、ルーペで電池の型番を確認して交換するそうです。
これは一般的なタイプで、フタを手で閉めることの出来ないタイプの時計があって
それを閉める時が一番緊張するそうです。その作業後の穂積さんは、すっごい汗でした。
手際もすごく良くて、緊張の中のこの作業で集中力が養われるのかもしれませんね。

時計の話題から変わって、次はボクシングの減量のお話。
試合前の減量では、3週間で10キロ体重を落とすんだそうです。
いつも減量に入る前には、タイ料理を食べているそうで
本格的に減量に入る前の日に、タイ料理屋に行って苦しくなるまで食べ
それをムービーに撮り、食べなくて苦しい、でも食べても苦しい。と自分に言い聞かせるそうです。
そんな穂積さんがよく行くタイ料理屋さんが
「神戸 三ノ宮 チャダタイ」です。
特にイチオシなメニューは「カオマンガイ」だそうです。


MEGUMIさんのコダワリは、お伊勢参り

三重県伊勢市にある伊勢神宮がMEGUMIさんのお気に入りなんだそうです。
最初は友達に勧められて、あまりにも熱く語るので行ってみたそうです。
神社とかに全く興味のなかったMEGUMIさんでしたが
その雰囲気がすごく良くて、気持ちの良い場所だったんでお気に入りに
毎年12月中旬くらいになると必ず参拝するようになったそうです。
伊勢神宮参拝の映像は友達が映っててNGらしく、音と写真で神宮内を紹介してくれました。
伊勢神宮を歩いてる音、途中にある五十鈴川の音、鳥の鳴き声も聞こえて良い感じでした。

そして、行くと必ず買って帰るというお決まりのお土産を紹介
「伊勢うどん」

柔らかくモチモチした食感で、真っ黒なタレが特長のうどんです。
楽天市場の価格は?⇒伊勢うどん の価格を調査

「うるめ丸干し・秋刀魚丸干し・沖キス丸干し ひもの塾」
ひもの塾 オンラインショップ
脂がすごくのってて東京では食べれないとMEGUMIさん絶賛の干物。

「参宮あわび」
伊勢名物の煮あわび、お刺身にして食べていました。


どれも美味しそうで、皆さん美味しいと絶賛していました。
最後の談話で「妊婦サイコー」と言っていたMEGUMIさん。
働かなくても怒られないし、みんなから労わられるし、人生の中で一番良い時間みたいです^^


●コダワリのVTR
「海の未来を切り拓いた男 吉永 勝利」

世界で問題になっている海上汚染、日本も例外ではありません。
1990年代、長崎県の大村湾は生活排水などにより酷く汚染され
古くから盛んだった真珠養殖も大打撃を受けていました。
そんな様子を見て、海の危機感を感じた男、吉永勝利。
元漁師で魚群探知機の開発も手掛けたことのある人物です。

大村湾は、波も静かな内海で真珠養殖に適した場所です。
しかし、内海はよどみやすい、そこに生活排水が流れることで酷く汚染されていました。
濁った海では、酸素が不足します。特に海底の酸素不足は深刻な問題でした。
海の底に住む生物が死に、死骸がヘドロ化するという事態に繋がったのです。
吉永は、以前から不思議に思っていた事がありました。
それは、“海に積んでいる水は、なぜか腐らないということ”
その原因は、ゆらゆらと揺れる船の上でタンクの中の水はたぷたぷとかき混ぜられているからです。
それにより、始終酸素がくまなく混ざった状態を保っていたのです。
それなら、「海全体をかき混ぜればいいんじゃないか?」吉永はそう考えました。

吉永がまず考えたのは、海の中にプロペラを沈める方法。
しかしこの方法は、塩水の中でモーターを回すことになり現実的ではありません。
そこで、海底から巨大な空気の塊を発射して、その空気の球で海底をかき混ぜる方法を試しました。
県知事に願い出て補助金を貰えるようになり、大規模な海底浄化作戦となりましたが
1ヶ月間の実験の結果、海底の酸素は一向に増える気配がありません。
発射された空気の球は、まっすぐ上に向かって進むだけなので、かき混ぜるまでの力は無かったのです。
発射口を横にして、横向きに発射してみましたが、結果は同じでした。

作戦は大失敗!空気ではなく他の物を使って混ぜれないか・・
辿り着いた方法は、水を使って水を混ぜるという方法でした。
水中の筒に水を送り込むと、筒の後ろ側から水が吸い込まれる
そして、その水力が合わさって、前方に吐き出される。物理の有名な法則を利用した仕組みです。
早速、試作機を作り風呂場で試した吉永は、夢中になり2時間漬かっていたそうです。
風呂場での実験は大成功でした。
これを元に、「ジェットストリーマー」が完成。
直径60cm、長さ2.5m、筒を2重構造にすることで吐き出す水の量を7倍まで増やしました。

1994年6月、ジェットストリーマーを使い、吉永のリベンジが始まりました。
大村湾にジェットストリーマーが沈められ、浄化作戦が開始されました。
しかし、真珠養殖業者から苦情が押し寄せられました。
海底の汚れが巻き上がり、真珠養殖の貝に付いてしまったのです。
すぐに止めろ、撤去しろという漁師達を吉永は懸命に説得しました。
1ヵ月後、養殖業者に連絡を取ってみると、例年より質の良い真珠が出来ているとの報告。
ジェットストリーマーの効果は絶大で、1台でおよそ120万tの海水をかき混ぜられました。
このジェットストリーマーは、その後世界10カ国以上で採用され
平等院鳳凰堂の池の浄化にも使われています。


●コダワリのオススメ
・湯たんぽシューズ
シューズ型の湯たんぽで、そのまま歩くことも出来ます。
詳細記事はコチラ⇒足湯たんぽ(ゴム底付)

posted by コダワリ お梅 at 19:38 | TrackBack(0) | 未来創造堂 放送回> 未来創造堂 第131〜140回| このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2008年12月07日
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未来創造堂 第138回 有吉弘行 北川弘美

未来創造堂 第138回のゲストは、有吉弘行さん、北川弘美さんでした。

●コダワリのトーク

北川弘美さんのコダワリは、酢漬け

北川さんは、らっきょうの酢漬けが大好きで毎朝必ず1粒食べているそうです。
食べるとパワーが漲る感じがして良いんだとか。
ハマったきっかけは、2,3年前にあった酢ブームでその時にらっきょうにハマり
それから、らっきょうとかピクルスとか自分で漬けるようになったそうです。
以前は、沢山食べていたらしいのですが、親にニンニク臭いと注意されてから食べるのは1日1粒だけに制限!
1粒しか食べれないということで、漬けるらっきょうが大きい物になったそうです。

大きいらっきょうにこだわっている北川さんがひらめいた物がたまねぎ。
たまねぎを丸ごと酢漬けにして持ってきてくれました。
それと一緒にゆでたまごも漬けてみたそうで、それらをみんなで試食!
たまねぎのほうは、中まで漬かってなくて不評。
ゆでたまごは、まぁまぁ美味しいとの意見もありましたが、微妙みたいでした^^;
らきょうの他に北川さんが漬けているというピクルスもみんなで試食。
こちらは、良い感じに漬かっていて美味しく出来ていたようです。



有吉弘行さんのコダワリは、フライドチキン茶漬け

有吉さんのコダワリは、ケンタッキーフライドチキン!
この食べ方がちょっと変わっていて、お茶漬の具として食べるそうです。
ご飯の上にフライドチキンを乗せ、フライドチキンにかからないように横からお茶を注ぐ
これが有吉さん風の食べ方で、これをやる時は、ご飯を3合お茶を大量に用意するそうです。
なぜ大量のお茶が必要なのかと言うと・・・
食べている間にフライドチキンから出るダシがお茶に入って濃くなるそうです。
濃くなってきたら、そのお茶を一旦飲み干して、そこにまた新しいお茶を注ぐ。
常に最初の一口のような味をキープする事がポイントらしいです。

そして、美味しそうに食べる有吉さんを冷ややかな目で見ていた憲武さん達も試食。
ケンタッキーの味付けは、ご飯に合うらしくて、お茶が無くても普通に食べれると憲武さん。
お茶をかけて食べてみると、憲武さんはハマったらしくお茶を入れ替えてガッツリたべてました。
食べにくいという点が西尾アナと北川さんには不評でしたが
元々濃い味付けのフライドチキンをお茶が良い感じに薄くしてくれるようです。
有吉さんがお茶漬として食べるのは、これだけではなくて他の物も紹介してくれました。
「野沢菜」「カワハギの干物」「豚の焼肉」「ベーコンエッグ」
豚の焼肉やベーコンエッグはちょっと変り種ですね。
ちなみに、ケンタッキーをやる前はベーコンエッグが有吉さんの1位だたそうです。
ベーコンエッグのお茶漬をみんなで試食してましたが・・・ 賛同したのは憲武さんだけでした。

お茶漬にするのは別として・・・
沖縄では、ケンタッキーフライドチキンを晩御飯のおかずとして普通に食べるそうです。
ご飯、味噌汁、ケンタッキーみたいな感じ、この事からもご飯との相性は良いんだと思います。


●コダワリのVTR
「きのこの未来を切り拓いた男 森 喜作」

森喜作は、世界で初めて椎茸の人工栽培に成功し
小学校の教科書に取り上げられたこともある人です。
森は、群馬県の裕福な家庭に育ったいわゆるボンボンでした。
昭和7年。京大の学生だった森は、農村の実態を調査する為に大分県日田を訪れました。
そこで見た光景は、並べられた丸太の前で一心に祈る農夫の姿でした。
この辺の地域は土地が痩せていて田畑が耕せない為、炭焼きや椎茸の栽培を生活の糧としていました。
しかし、江戸時代から始まった椎茸栽培の方法は、丸太にナタで切れ目を入れ
椎茸が生えるのを神に祈って待つという不安定で原始的な方法でした。
貧しい農村、生えなければ一家離散や娘を身売りという状況を見た森は
確実な椎茸栽培の方法を見つけて、この人達を貧困から救ってやりたいと思いました。

故郷の群馬県桐生市に戻った森は、椎茸栽培の為の研究所を建てました。
椎茸は植物ではなく菌類です。枯れた木に生え傘の部分から胞子を飛ばし子孫を増やします。
これまでに多くの研究家達が、胞子を人工的に採取して
椎茸を栽培しようと考えましたがことごとく失敗に終わっていました。
そこで森は、胞子ではなく椎茸の本体の菌糸に目を付けました。
菌糸は、カビと同じように自ら細胞を増やし成長することが出来ます。
この菌糸を枯れ木に埋め込めば確実に椎茸が生えるんじゃないかと、森は考えました。
森は、菌糸を増やす作業を始めました。試験管の中で菌糸を培養し
それをおがくずの中に移して、それを丸太の切れ目に埋め込みました。
椎茸は、栽培におよそ2年の歳月がかかります。失敗か成功か分からぬまま時は過ぎました。
結果・・この方法では菌糸は根付かず椎茸は生えませんでした。
その原因も分からず試行錯誤を繰り返していき、親から譲り受けた財産を使い果たしてしまいました。
しかし、森は研究を諦めず、芋や梅を育てて研究資金にし研究を続けました。

森の研究は10年続き、菌糸は乾燥に弱いという事を突き止めます。
菌糸をおがくずに混ぜて植えつけても乾燥してしまい根付かなかったというわけです。
そこで、おがくずを溶かしたロウでフタし、乾燥を防ぎました。
すると・・椎茸が生えたのです。 しかしこの方法では手間がかかり過ぎます。
もっと簡単な方法にしなければ普及するのは難しい・・ 良い方法はないかと森は悩みました。
それを解決したのは、身近にある意外な物「将棋の駒」でした。
将棋の駒のような小さな木片なら使えるかもしれない・・ 森は早速試しました。
これなら木片自体がフタになるのでロウはいらず、木片と木が密着するので乾燥も防げる
埋め込むのも簡単な木片はまさに理想的、森は木片に菌糸を根付かせ繁殖させる事に成功しました。

森は、この木片を持って10年ぶりに大分県の山村を訪れました。
それを丸太に埋め込んだ農家の人達、木片から確実にしいたけが生えてきました。
この木片は、種駒と名付けられ、日本全国に広まり椎茸の生産量は飛躍的に増えました。
森の考えたこの人口栽培法は、60年以上経った現在でも一切変わっていません。
今では、なめこや平茸の人工栽培にも応用され、沢山きのこを食卓で食べれるようになりました。
さらに椎茸は、アメリカやフランスでもShii-TAKeeと呼ばれ食されています。


●コダワリのオススメ
・角材風メモ・パッド
詳細記事はこちら⇒角材 メモブロック

posted by コダワリ お梅 at 18:27 | TrackBack(0) | 未来創造堂 放送回> 未来創造堂 第131〜140回| このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2008年12月01日
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未来創造堂 第137回 黒田知永子 田辺誠一

未来創造堂 第137回のゲストは、黒田知永子さん、田辺誠一さんでした。

●コダワリのトーク

黒田知永子さんのコダワリは、京都旅行

京都が好きな黒田さん、お友達と京都へ小旅行に出かけてるんだとか。
京都は、見て楽しい、買って楽しい、食べて楽しいと3拍子揃ってるそうです。
通の人が行くような所じゃなく、特集されてるような有名なスポットによく行ってるそうです。

景色な綺麗なスポットは、「哲学の道」「曼殊院」「南禅寺」が映され
黒田さんが実際買った京都の品を見せてくれました。
まず小皿(銘柄不明)。見る物じゃなく実際に使う物を選んで買ってるそうです。
次にお箸。食べやすいお箸で、市原ナントカってところで購入したそうです(笑

そして、おすすめの食べ物の「京漬物」
「千枚漬 村上重本店」
「京きさらぎ漬 丹波」がスタジオに用意されました。
薄味なので、結構パリパリと沢山食べれるそうです。

次におすすめな物がぜんざい、きび餅を使ったぜんざいだそうです。
「きび餅善哉 鍵善良房」
この味に皆さん絶賛、田辺さんはこの味で一気に京都に行きたくなったという感想でした。

もう1つのおすすめが「くずきり」
くづきりは出来立てが一番美味しくて、その後は味が落ちていくので職人さんがスタジオに!
鍵善良房の職人さんがその場で調理してくれました。
くずきりの作り方は私も初めて見ました。
くず粉を水に溶き、湯煎したものを冷水で冷やすと、見た感じイカみたいな塊が出来ます。
それを大きな包丁で叩く感じで切って出来上がり。
叩く感じで切らないと、粘りとぬめりがあって上手く切れないそうです。
出来立てのくずきりは、皆さん大絶賛でした。



田辺誠一さんのこだわりは、キャンプグッズ

キャンプに凝っているという田辺さん。
キャンプをよくやっている友人に薦められたのがキッカケだったそうです。
キャンプといえばテント張りや料理でお父さんの出番の多いイベントですから
それが見せ場になるとキャンプを始めたそうです。
凝りだすとキャンプグッズを見るのも楽しくなるそうで、夜にカタログを見てニタニタしてるんだとか。

そんな田辺さんのキャンプグッズのコダワリは、多機能でコンパクトなもの
現地に行って足りない物があると嫌なので車一杯のグッズを持っていくそうで
車庫の関係もあって車を大きくする訳にもいかないから
なるべくコンパクトなグッズを探しては買っているそうです。
田辺さんが実際使っているコンパクトで多機能なグッズを見せてくれました。

・「コンパクトに畳めるランタン」
コールマン パックアウェイ 15W

・「コンパクトにまとめられる、鍋・フライパン・お釜」
ユニフレーム fan5 DUOユニフレーム fan 中華
マトリョーシカみたいな感じで鍋の中に色々な鍋が入ってるというグッズでした。

・「茶こし、コーヒードリッパー付きのやかん」
ユニフレーム ケトル&サーバー + コーヒーバネット

・「折りたたみ椅子が収納されたアタッシュケース」
コールマン ファミリーベンチセット
椅子が中に入っており、出した後のアタッシュケースはテーブルに。

そして、キャンプ場に着いたら、どこに何を置くかをまず考えるんだとか。
色々な物があるなかで、一同が納得した一品が「すのこ」
テントの前にすのこを置き、テントから出る時はそこに出てテントを素早く閉める!
そうやって虫がテントに入るのを防ぐんだそうです。
コレが無いと、テントを開けたまま靴を履くことになりますからね。
これは経験者の知恵ですね。


●コダワリのVTR
「椅子の未来を切り拓いた男 吉川 秀信」

吉川秀信は、理髪店などにある電動の椅子を作った人です。
昭和20年、吉川は空襲により工場を失いましたが
いつかアメリカに負けない物を作るんだと心に近い工場を再建
目指したのは、帝国ホテルの理髪店で見たアメリカ製の椅子でした。

時は流れて昭和35年。理想の椅子を目指して現場を視察していた吉川は、ある事に気付きます。
理髪師は常に両手を使い仕事をしている
そして、お客の高さに合わせて長時間腰をかがめて仕事しなければいけませんでした。この重労働に加え、
当時の椅子は背もたれを倒すのもお客の体重を理髪師が支え手作業で倒していました。
吉川は、お客がゆったりくつろげて、しかも理髪師の手間がかからない椅子を作ろうと決意しました。

当時の日本は経済成長の真っ只中。世の中には便利な家庭電化製品が続々登場していました。
電気の力を使って動く椅子を作れば、理髪師もお客も喜ぶはずと吉川は考えます。
しかし、電動化しようにもリクライニングの角度やスピードが全くわかりません。
理髪店に来るのは、子供から大人まで身長や体型も様々、吉川は悩みました。
悩む吉川が目にしたのは、完成間近の新幹線の記事でした。
その座席には、長時間座っていても疲れないように最先端の技術が使われていたのです。
吉川は早速、新幹線の座席の設計者の下を尋ねました。
人間工学の草分け的存在、千葉大学の小原二郎教授がその人でした。
人間工学とは、人体の構造や人間の心理を分析して使い勝手の良さを追求する学問です。
今でこそ一般的になりましたが、その当時はそんな概念は殆ど知られていませんでした。

小原教授は、いきなり訪れ「理髪店の椅子を作りたい」という吉川に最初は戸惑いましたが
良い物を作りたいという情熱に意気投合し、理想的な椅子作りが始まったのです。
子供が座った場合、お年寄りが座った場合、理髪師が作業のしやすい椅子の角度など
老若男女を問わずあらゆる人を調査、7年の歳月をかけ、その数は数万人におよびました。
そして、ついに1つの答えを導きだすことが出来ました。
“背もたれの角度は96度から151度へ”
“リクライニングのスピードは倒す時も戻す時も3秒間”
“椅子自体の昇降スピードは15pを6秒間で上げ下げ”
この数値は、現在に到るまで理髪店の椅子における基準となっています。
こうして昭和41年、ボタン1つで作動する世界初の電動理容椅子が誕生しました。

最初の納入先は、地元大阪の千日前にある理髪店でした。
それまでの椅子の2倍の値段でしたが、ボタン1つで動く使い勝手の良さが評判を呼び
銀座や横浜などの有名理髪店からも注文が殺到、日本中に広まりました。
さらに噂は海を越えアメリカでのシェアは100%近く獲得しています。
吉川の椅子は、理髪店だけでなく美容室やエステサロン、歯科医などに導入されています。


●コダワリのオススメ
・虫を吸い取る 吸虫ガン
詳細記事はこちら⇒虫キャッチャー
posted by コダワリ お梅 at 20:44 | TrackBack(0) | 未来創造堂 放送回> 未来創造堂 第131〜140回| このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2008年11月24日
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未来創造堂 第136回 ゴンチチ 椿姫彩菜

未来創造堂 第136回のゲストは、ゴンチチのお2人、椿姫彩菜さんでした。

●コダワリのトーク

チチ松村さんのコダワリは、イカ

チチ松村さんは、イカが大好きなんだそうです。
そのキッカケは、三軒茶屋のある店でイカの一夜干しを食べてからだそうで
めちゃくちゃ美味い、“21世紀はイカとともに生きる”と思ったんだとか
松村さんは、食べた日をお小遣い帳にチェックしていて、もう7年目になるとか
そして、イカ度を測定30日のうち20日食べたら、イカ度20/30という感じ。
このイカ度の最高記録は、28/30だそうです。

イカ好きなのは、食べるだけではなく・・・
イカのグッズも色々集めているみたいです。
イカの形のフォーク、おろし金、イカの形のウクレレなどなど

最後にチチ松村さんオススメのイカ料理を教えてくれました。
調理方法
ムラサキイカ バター 塩コショウ 青ジソ 材料はコレだけです。
ムラサキイカをバターと塩コショウで炒めて、最後に青ジソを入れ軽く炒めれば完成。
安くて簡単、でも美味しい! みんな大絶賛でした。



椿姫彩菜さんのコダワリ1つ目は、自分に勝つ「グミ」

グミの食べ方にコダワリがあるという椿姫さん。
その食べ方とは・・・ 舐めきること! 噛まずに最後まで舐めるそうです。
グミを食べれば誰でも噛みたくなりますよね。
その衝動と戦いながら最後まで舐め続けることにこだわっているんだとか
グミを最後まで舐めきると最後には消えて無くなるそうですよ。
「果汁グミ」という商品が、舐めきるのが簡単で初心者向けなんだそうです。
表面がすっぱくて、中のグミが甘いというタイプは上級者向けみたいです。


椿姫彩菜さんのコダワリ2つ目は、自分に勝つ「ぷよぷよ」

グミみたいな落ち物系のゲームの「ぷよぷよ」が2つ目のコダワリ。
そのキッカケは、大学時代に友達と対戦しボロボロに負けたからなんだそうです。
負けず嫌いの椿姫さんは、すぐにDS本体とぷよぷよを購入し一人やり込んだんだとか。
今では、自分の周りに自分より強い人はいないと豪語するまでの腕前なんだとか。
そこで・・・ ぷよぷよの特設セットが用意され、セガ開発プロデューサーが登場。
開発チームで一番の腕前なのですが・・ 2戦とも椿姫さんの圧勝!
椿姫さんの腕前は、ぷよぷよ人口2万人中100番くらいの実力があるみたいです。



ゴンザレス三上さんのコダワリは、ぬいぐるみ

恥ずかしそうに発表された三上さんのコダワリは、ぬいぐるみ
中でも動物のぬいぐるみが好きで集めているそうです。
お気に入りのぬいぐるみを見せてくれました。まずは、イノシシ。続いてカワウソ。
見るだけでなく、なでるのが好きで、なでるのが目的みたいになってるんだとか。
その後も続々とぬいぐるみが登場したのですが・・・ どれも同じようなものばかり^^;
ダンボール20箱くらいあるというぬいぐるみコレクション。
ブランデー片手にそのぬいぐるみをなでているそうです。
そんな三上さんの特技? 昔から景品がよく当たるそうです。
ツアーで沖縄に行っている時、「チョコボールを買え」みたいな夢を見たそうです。
その夢を信じ、沖縄のコンビニでチョコボールを3つ買ったところ、2つ当たってたんだとか。
翌日、また同じ店で買ったところ当たりが3つ出たそうです。
その当たりでもらった景品が「メタルキョロちゃん」
頭を押すと口からチョコボールが出てくる結構大きな物でした。当然非売品です。


●コダワリのVTR
「ブラジャーの未来を切り拓いた男 玉川 長一郎」

現在のような肩ヒモのついたブラジャーは1916年にアメリカで誕生しました。
動きやすくバストの形も美しく見えるということで急速に普及。
日本でも大正時代からこのタイプのブラジャーが作られるようになりました。
昭和39年、玉川長一郎は、ブラジャーメーカーであるワコールで販売・営業を任されていました。
日本人の衣服が和服から洋服へと変化していったこの時代、ブラジャーの需要も多くなりました。
しかし、当時作られていたブラジャーはとにかく評判が悪く
着ける事でバストの形が余計に醜くなるとまで言われていたそうです。
その理由はバストの形にありました。アメリカ人向けに作られたブラジャーでは
正しいサイズ・カップのブラジャーを着けてみても全然フィットしなかたのです。

もっと日本人にあったブラジャーを作るべく、玉川の研究が始まりました。
玉川は会社に嘆願し、乳房を調査する為の研究部を設立したのです。
研究を進めるにあたり、スイスの人類学者ルドルフ・マルチンの書を参考にしました。
人種による体型の違いを調査していたマルチンの学説によると
乳房の分類は、円錐型、半球型、皿型、ヤギ乳型の4つに分類され
日本人の乳房は皿型が多いとされていました。
この定説を元に、玉川は日本人のバストの形を検証することにしました。
新聞広告等でモニターを募集し、マルチンの測定法を元に一人一人測定していきました。
詳細なデータをとっても、それは数値のみ乳房のイメージが伝わってこないのが問題でした。
そこで玉川の思いついた方法が、地図などで山や谷を表す等高線でした。
地図を作る時に使う航空写真用のカメラを手に入れ、そのカメラで乳房を撮影してみました。
すると、ちぶさに等高線が記され、立体的な乳房のデータが分かるようになったのです。
ここから、測定の日々が続きました。
撮影コストを下げる為に、等高線を直接胸に映し出す装置を開発し
5年の歳月をかけ5000人の乳房のデータを集めました。

そのデータから、玉川はスゴイ事実を見つけ出します。
マルチンの定説の4種類の乳房とは違う新たな乳房があり
その形こそ日本人に最も多い形だったのです。
上側が殆ど膨らんでいないこの乳房は、三角型と名付けられました。
乳房の形の次に、玉川は乳房の動きの研究に取り掛かりました。
どの方向にどのくらいの力をかければ、美しく窮屈でない補正出来るかを考えたのです。
それを知るには、乳房を動かすしかありません。徹底的に乳房を動かしデータを集め
調べたモニターの数は8000人を超えました。そしてまた、ある事実を発見しました。
乳房は、外側と下側には2p程しか動かないのに対し、内側と上側には5p近く動く事が判明
乳房は、寄せて上げる方向によく動くという事を突き止めたのです。
これらの結果を元にダミーと金型を作り理想的な形が出来上がりました。
1972年、研究から8年の歳月をかけ、シームレスカップブラ「ルネス」が発売されました。
今でも、最先端の技術を用いて乳房のデータ収集は続けられています。
また、中国など海外でも調査が行われ、その国の女性にあったブラジャーが作られているのです。


●コダワリのオススメ
・ピヨンと伸びるボールペン
ドイツ製のお洒落なボールペンです。
詳細記事はコチラ⇒LAMY pico (ラミー ピコ)

・個人情報保護ローラー
住所などの情報を一気に隠すグッズです。
詳細記事はコチラ⇒コクヨ かくしタロー

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2008年11月15日
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未来創造堂 第135回 大地真央 出川哲朗

未来創造堂第135回のゲストは、大地真央さん、出川哲朗さんでした。

●コダワリのトーク

大地真央さんのコダワリは、安眠

寝る時の環境にこだわっているという大地さん。
基本的に多めに寝たいということで、その為に色々準備してるそうです。
そんな大地さんが愛用しているグッズ「枕元セット」を見せてくれました。
1つ目は「sleep」というアロマ、ルーム用のミストタイプのもの
2つ目も「sleep」(アロマオイルだと思います) 枕に点々と付けるそうです。
3つ目は「耳栓」海外製の耳栓で、ご主人が400個も買ってくれたそうです。
その手触りから、大地さんの家では「ぽにょ」と呼んでいるそうです。

大地さんは真っ暗にして寝ないと嫌らしくて
家ではシャッターを閉めた上で2重のカーテンも閉めるそうです。
さらに、ドアの下から光がうすーく入るのもダメで、そこにはバスタオルを置き
さらにさらに、加湿器等のランプも光が漏れないようにタオルとかで塞ぐそうです。
家の場合は完全に光をシャットアウト、でもホテルだとそうもいかないので
4つ目のグッズは「アイマスク」
夏用はシルクとコットン作られた物。なんとルイ・ヴィトン製。
冬用はミンクが使われている豪華な物でした。

安眠にかかせない枕も当然こだわっていて、色んな種類を試してきたそうです。
まだ完璧な物に出会えていないと言う事で、番組で枕探し!
睡眠改善インストラクターの元、首の後ろの深さを測り、本格的に探してました。
大地さんの深さは2p9o。 これくらいのサイズの人には
頭を乗せた時に首の後ろが2pくらい空くものがベストなんだそうです。
一般的に厚みのある枕を使う人が多くて、首を押されて呼吸しにくくなってる可能性もあるとか
サイズを決めたら素材選び、羽毛から低反発のものまで色々用意されてました。
その用意された中に、偶然にも大地さんが今使っている枕と同じ物を発見!
今使ってる枕が理想に近い枕だったようです。


大地さんの「枕元セット」
・「sleep」というアロマ 
sleepという名前の入ったアロマは世界中に沢山あって、見つけることができませんでした。

・「ポニョ」と呼んでる耳栓
Sparkplugs NASCAR 
http://www.sanpou777.co.jp/oroshi/pickup/kikaku.html

・「アイマスク」特注品?



出川哲朗さんのコダワリは、超小型カメラ CCD

言わずと知れたリアクション芸人出川哲朗さん。
バンジージャンプやスカイダイビング、CCDカメラを付けるのは当たり前になってますね。
CCDカメラも昔に比べると性能も上がり、すごく軽くなっているそうです。
一般人には、教えてもらっても活用できませんが・・・
CCDカメラを使う時のポイントを教えてくれました^^;

・カメラを固定するガムテは多めに貼る。
番組スタッフが思っているより風は強いので、がっちり固定しないとダメ
・カメラを下よりの位置にして周りもよく映るようにする。
顔のアップだけでは、どういう状況か伝わらないので見えやすくするそうです。
・リアクション取る時は首を振る。
首を動かさないと一定の場所の映像になるのでダメみたいです。
・カメラに付いた水滴や砂を取るタイミング
ちょっと濡れただけの時は、臨場感が出るのでわざと拭き取らない。
・横転する時は右肩から。
カメラの位置等やカメラ自体を守る為に肩から落ちるそうです。

アクロバット飛行やバンジージャンプなど怖い事をやって
ワーッとリアクションとってるだけなのかと思ってましたが・・・
CCDカメラがちょっとずれた為に最初から撮り直しなんてこともあるそうです。
何度もやらされたら堪りませんからね。
経験から生まれた、プロフェッショナルなお話でした。活用できませんけど(笑


●コダワリのVTR
「吊り橋の未来を切り拓いた男 古家 和彦」

神戸と淡路島を結ぶ世界最長のつり橋「明石海峡大橋」
このつり橋に使われているケーブルの開発が最大の難関だったそうです。
そのシステムを考案した人が古家和彦です。
1988年5月、明石海峡大橋着工
本州四国連絡高速道路に勤めていた古家の元に悪い知らせが入りました。
6年前に完成した因島大橋のケーブルを点検したところ錆で赤茶けていることが分かったのです。
急遽、瀬戸大橋のケーブルも点検したところ同じように錆びていました。
明石海峡大橋でも同じ錆対策を使おうとしていた矢先の事で深刻な問題でした。
つり橋は二本の支柱を立て、そこにケーブルを渡して道を吊るという仕組みです。
つり橋の命といってもいいケーブルの錆対策は最重要課題だったのです。

3910mの明石海峡大橋に使われるケーブルは直径1.2m
その内部は、錆ないように亜鉛コーティングされたワイヤーが束ねられています。
その束ねられたワイヤーを水の浸入を防ぐペーストで覆い
その上をワイヤーでぐるぐる巻きにしてから、きっちりと防水塗装する予定でした。
万全の錆対策と思われましたが、この方法でも他の橋のケーブルが錆びていたのです。
急遽、錆対策部が作られ、古家はそこに送り込まれました。
予定されていた錆対策は、ニューヨークにあるブルックリン橋で使われているものでした。
ブルックリン橋は100年以上経っているのに錆が一切出ていません。
同じ方法なのになぜ?と考えた古家、その違いは気候風土にありました。
高温多湿の日本に比べ、アメリカの気候ははるかに空気が乾燥しています。
同じやり方では、錆は防ぎきれないということでした。
着工からすでに1年半が過ぎており、ケーブルを1から作り直すわけにもいきません。
事態は一刻を争う深刻な問題となっていました。
古家の努力が始まりました、錆を発生させない為には湿り気を遮断するしかない。
コーティングを厚くしてみたり、ペーストの素材を変えてみたり試行錯誤を繰り返しましたが
どこからか湿気は入り込み、良い方法は見つけられませんでした。
色々考え、万策尽きたかと思われた時に、古家は閃きました。

それは全く逆の発想。
湿気を遮断するのではなく、ケーブルに乾いた空気を送るという方法でした。
4100mあるケーブルの140mおきに送風口を設置し
合計32箇所の送風口から24時間絶え間なく乾燥した空気を送る事にしました。
それが古家が考案した「送気乾燥システム」です。
送られた空気は束ねられたワイヤーの隙間に入りこみ細部に渡って空気が流れます。
実験を重ねたところ、コップ1杯の水が浸入しても1日で完璧に乾燥するという結果がでました。
前代未聞のこのシステムが取り付けられ、1998年4月 明石海峡大橋は開通しました。

古家の真の戦いはここからでした。
世界で初めての錆対策、その対策が万全かどうかは
10年後にあたる今年、2008年の点検で明らかになるからです。
2008年1月、ケーブル内の水が一番溜まり易い場所が開かれくまなく点検されました。
その結果、錆はどこにも見当たらなく、まるで新品のような輝きでした。
現在、古家の考案した技術はスウェーデンやデンマークでも採用されています。


●コダワリのオススメ
・ボトルのような折りたたみ傘
「OFESS/is.a.brella/0%」
詳細記事はこちら⇒折りたたみ傘 OFESS/is.a.brella/0% 【未来創造堂135回で紹介】

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2008年11月08日
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未来創造堂 第134回 ジローラモ なだぎ武

未来創造堂第134回のゲストは、ジローラモさん、なだぎ武さんでした。

●コダワリのトーク

ジローラモさんのコダワリは、ジャム

世界中でジャムを買っているというジローラモさん。
ジャムといえば朝ごはん。素敵な女性との朝ごはんの時、ジャムをネタに話をするそうです。
話をしてるジャムを食べさせてる時に、その時の国のものを味わう。
そういう会話を楽しんでいるようです。
そんなジローラモさんのジャムコレクションを拝見
世界中のジャム、日本にはない変わったものが色々でした。
パンにもコダワリがあって、浅草のペリカンという店のパンがお気に入りなんだそうです。
そのパンをトーストにして、みんなでジャムを味わってました。

ジローラモさんが一番におすすめしたのがトマトのジャム。
その他数点のジャムを紹介してくれました。
・イチゴジャム「杉山ジャム工房 千葉」 定番のイチゴ、美味しいと憲武さん
・ヘーゼルナッツ「イスラエルで購入」 ナッツの味が強いらしい
・カルーバ(いなご豆)「アルゼンチンで購入」 プルーンっぽいと西尾アナ

朝食にコダワリのあるジローラモさんは、ホテルの宿泊も朝食で決めることが多いそうです。
イチオシは、神戸にある「神戸北野ホテル」そこの朝食は絶品らしく、
西尾アナも有名なホテルで女性に人気だと言っていました。
スタジオに神戸北野ホテルオーナー・料理長の山口浩さんが登場し
北野ホテルの朝食メニューが用意されました。
どれもこれも美味しそうで、どの料理もみんな大絶賛していました。

・ジローラモさんお気に入りのホテル

神戸北野ホテル

・ジローラモさんお気に入りのパン
浅草 ペリカン
http://gourmet.livedoor.com/restaurant/1419/



なだぎ武さんのコダワリは、ダム

なだぎさんが大好きなのはダム。川をせきとめ水を貯めるあのダムです。
なだぎさん曰く、ダムというのは遺跡と似たところがあるそうです。
人の入っていきそうにない山奥に、どでかい建造物がある。
そういうところが遺跡に似た魅力なんだとか。
そんななだぎさんは、ダム好きの芸人を集めて「ダム部」を作ったそうです。
その活動は、ダムに行きダムを眺めるツアー!生で見るダムはかなりの迫力みたいです。
重力コンクリート式ダム、アーチ式ダムというダムの種類があって
それらについて熱く語ってくれたなだぎさん。ダム部ではTシャツも作ったそうです。
ダム好きにおすすめのDVDがあるそうで、その名も「放流」
ダムの放流シーンばかりを集めた60分。ず〜っと水が流れているシーンなんだとか。
音楽とかもなく、水の流れる音だけの映像。ダム部では、お鍋を食べながら見るそうです(笑
そのDVDの映像が一部流れたんですが、ホントに水が流れてるだけでした^^;




●コダワリのVTR
「解体作業の未来を切り拓いた男 坂戸 誠一」

住宅の建築ラッシュのあった昭和40年代
坂戸誠一は、父親の営む解体重機の会社に勤めていました。
その当時、建築の技術は凄まじく進歩したものの
解体の技術は、大きな鉄球をぶつけたり、油圧ブレーカーで打ち壊す方法が主流でした。
力任せのこの方法は、騒音が大きすぎる、破片が飛び散るなどの問題多かったものの
コンクリートを壊すには仕方ないと、それが当たり前になっていました。
こんな原始的な状態ではダメだと感じた坂戸は、新しい解体機を作ることを決意したのでした。

パワーショベルの先端を解体専用の機械に取替えて解体は行われています。
従来の解体機よりも小さな力でコンクリートを破壊する方法はないか・・
坂戸は、その方法を見つけるべく、身近にあるありとあらゆる破壊に目を向けました。
なかなか良い方法が思い浮かばない中、ヒントは突然現れます。
それは、白アリ。テレビに映った白アリは、家の柱を小さなアゴで砕いていたのです。
砕くには挟めばいい、この瞬間に思い浮かんだ解体機の形はペンチ。
破壊には衝撃破壊と静的破壊があり、ペンチでの破壊は静的破壊。
じわじわと力を加えていけば、必要最小限の力で対象物が壊れてくれます。
こうして、昭和52年、挟んで壊すという今までにない解体機「ペンチャー」が誕生しました。

評判を呼び全国に広まったペンチャーでしたが、大きな落とし穴があったのです。
コンクリートを壊す力に機械のほうが耐えられず、ペンチの根本部分が欠ける等の故障が相次ぎました。
もっと小さな力で破壊出来なければダメだ、坂戸は窮地に立たされます。
機械を改良すべく、そのヒントを探す毎日。
アイスピックで氷を割るように、挟む機械の先端に尖った刃をつける事を考えましたが
表面だけがかけてしまい、全体の破壊はうまくいかなかったのです。

坂戸が得た次のヒントもテレビからでした。
それは時代劇、薬研という道具を使い薬を磨り潰している医者が映っていました。
これを見た坂戸はひらめき、尖った刃ではなく、薬研のような刃にすればと考えます。
円錐型の刃では力が360度に分散してしまうが、薬研のような刃なら力は2方向に集中するはず
その考えは見事的中!従来の3分の1の力で破壊することに成功したのです。

こうして完成した新型解体機は、騒音も少なく全国の多くの現場で採用されました。
海外でも高く評価され、世界の解体機のスタンダードになっていきました。
この坂戸の解体機は、ドイツのベルリンの壁の解体や
アメリカの同時多発テロの復興事業など、世界の歴史的現場で活躍しています。


●コダワリのオススメ
・刻み海苔を作るはさみ
大ヒットしたシュレッダーはさみの最新版!
海苔を細かく刻む為に作られた調理用のはさみです。
詳細記事はこちら⇒もみ海苔ができます!

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2008年11月01日
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未来創造堂 第133回 ケンドーコバヤシ にしおかすみこ

未来創造堂第133回のゲストは、ケンドーコバヤシさん、にしおかすみこさんでした。

●コダワリのトーク

ケンドーコバヤシさんのコダワリは、ポテトサラダ

ケンコバさんがこだわっているのはポテトサラダ。
凝りだしたのは、東京に出てきた約半年くらい前からなんだそうです。
東京に来たばかりの頃、バナナマンの日村さんに一軒のお店を紹介され
そのお店で食べたポテトサラダが抜群に美味しかったそうです。
日村さんもそのポテトサラダが気に入ってるそうで、それを紹介したかったんだとか。
その翌日、先輩の今田耕司さんに食事に誘われたケンコバさん。
今田さんが紹介したそのお店も、偶然にもポテトサラダが美味しい店で驚き。
次の日に日村さんに教え、ケンコバさんは3日連続でポテトサラダを食べたそうです。

ケンコバさん曰く、ポテトサラダには細かく分類出来るそうです。
「マヨたたせ派」「じゃがたたせ派」「ポテトごろごろ派」「ウェット派」といった感じ。
そんなケンコバさんオススメのポテトサラダを紹介してくれました。

「のこのこ 目黒」
日村さんも認めたポテトサラダ
時間がかかるという理由で、現在はメニューに無いそうです。

「栃木屋 中目黒」
日村さんが最初に教えてくれたお店のポテトサラダ
焼き鳥屋さんで、憲武さんもよく利用しているお店みたいです。

「本格ジンギスカン 寅々 三軒茶屋」
マヨネーズが少なめ「じゃがたて派」のポテトサラダ
西尾アナ、にしおかさんに好評でした。女性に人気?

「ふら〜っと。 大阪 浪速区」
ケンコバさん曰く、関西NO.1じゃないかというポテトサラダ
サンドイッチにしても良さそうな感じらしいです。

ちょっと豆知識、日本最初のポテトサラダは帝国ホテルが作ったそうです。
1937年 昭和12年のメニューに「薯サラド(イモサラダ)30円」とあり
これが日本最初のポテトサラダと言われており、その味は今も変わりなく受け継がれているそうです。
ちょっと高級感のある味で、ケンコバさんもめちゃくちゃ美味いと驚いていました。


ケンドーコバヤシのたまらない店



にしおかすみこさんのコダワリは、競泳水着

水泳部だったにしおかさんは、競泳水着にすごくこだわっていたそうです。
北京オリンピックで一躍有名になった「レイザーレイサー」のSPEEDO社
にしおかさんは何十年も前の小学生の時に、SPEEDOはタイムが速くなると言ってたそうです。
今でこそ全身を覆うような水着が多いですが、にしおかさんが水泳やってた頃は
ハイレグの水着が多く、背中もバッサリ開いているものしか無かったそうです。
肌を覆ったほうが良いって思っていたにしおかさんのとった行動は、水着の改造!
水着の背中の部分にガーゼ生地を塗って露出を減らしてみたり
内側に縫い付けてある大きなガーゼを切り取って小さくしたりしてたそうです。
トークも終わり、スタジオに「レイザーレイサー スピード社」を始め
最新の水着が用意されて、みんなで触りまくりの水かけまくり
「アクセルスーツ ウォータージーン ミズノ」
「Shin_rev アリーナ」
「TOP-IMPACTLINE アシックス」
どれもビックリする程水を弾き、素材は薄く出来ているようです。


●コダワリのVTR
「食器洗い機の未来を切り拓いた男 谷口 裕」

日本初の食器洗い機を発売したのは、松下電器産業(現パナソニック)で1960年のことでした。
アメリカ製の食器洗い機を参考に作られたその製品は、洗濯機のような外観で全く売れなかったそうです。
日本人には無用の品物と言われ、時は流れて1983年。
松下電器の社員だった谷口裕は、食器洗い機の開発を命じられます。
洗濯機や冷蔵庫の開発を夢見ていた谷口は、渋々開発に乗り出しました。

まずは使い勝手を試そうと、アメリカ製の食器洗い機を持ち帰りました。
持ち帰った食器洗い機を妻に使ってもらい、その意見を開発の参考にしたのです。
その意見を聞き、これは主婦の味方になるかもと思い、谷口のやる気は一気に上がりました。
妻の意見を参考に、まずは製品のサイズをコンパクトにしました。
種類の多い日本の食器の並べ方を色々試し、水を当てる角度を試し、コンパクト化に成功!
次の問題は食器の汚れ。これも妻の食器の洗い方を参考にしました。
たんぱく質は冷たい水で、油汚れは温水で、ご飯粒はつけ置きして
それらを参考に、水を除々に60℃まで上げていく方法をあみだしました。
こうして、1986年。コンパクトな食器洗い機NP-600が発売されました。

しか〜し、売れ行きはさっぱりでした。
売れない理由は、手洗いを越える魅力がないからと考えた谷口。
食器を洗っている妻を見ていて閃きました。食器を洗う時の水の量です。
4人家族の食器を洗うのに必要な水の量は約100ℓ、浴槽半分くらいの量です。
世の中は節電・節水といった省エネブームが起こっていました。
これに目を付けた谷口、使う水を減らす事が出来れば手洗いを越える魅力となると考えたのです。

それまでの食器洗い機は、ノズルの回転だけに水の20%を消費していました。
谷口は、ノズルの形に注目しなんとか節水出来ないかと考えました。
ヒントは身近なところにありました。曲がったホースに一気水を流すとホースはのたうちます。
この原理を利用し、曲げたノズルに一気に流せば自然に回転するということを発見しました。
こうして、全ての水を無駄なく洗浄用に使うことに成功。
1999年、手洗いの時と比べ水の消費を1/7にまで抑えた食器洗い機NP-33S1が完成したのです。
最初の食器洗い機の開発から数えて苦節40年。
手洗いではとても敵わない節水能力は消費者の心を捕え、それまでの売上の17倍を記録しました。
今では、年間70万台を突破し、普及率は30%近いそうです。


●コダワリのオススメ
・先がフォークのスプーン

「スガキヤ スプーンフォーク」
http://www.momastore.jp/search/item.asp?shopcd=11111&item=402-72602-KT


・取っ手が指輪のようになってるカップ

「フロイド Cup Ring(カップリング)」
http://souzoudoukodawari.seesaa.net/article/108898701.html


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2008年10月25日
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未来創造堂 第132回 小島よしお さとう珠緒

未来創造堂 第132回のゲストは、小島よしおさん、さとう珠緒さんでした。

●コダワリのトーク

小島よしおさんのコダワリは、特殊能力

服を着て登場の小島よしおさん、ネタ見せ番組と使い分けていきたいとか
服を着ててても、下にはちゃんと海パン穿いてるみたいです(笑
そんな小島よしおさんは、いくつかの特殊能力を持っていると豪語! 
そのいくつかを見せてくれました。

特殊能力その1 体内時計
体内時計が優れていて、5秒や7秒あたりならピタっと止められるそうです。
その理由は・・
「でもそんなの関係ねぇ、そんなの関係ねぇ、はい、おっぱっぴ〜」これで5秒らしいのです。
今まで何万回とやってきたこのギャグが体に染み付いてるから出来るんだとか
早速、チャレンジしてもらうと・・・ 4秒98! ピタリではないが結構スゴイ
そこで、憲武さんもチャレンジ! 結果 4秒96。
声を出せばピタリ止められると言った小島さん。 4秒92・・ スタジオに失笑が起こりました。

小島よしおさんは、普通のストップウォッチでチャレンジしてましたが
5秒で止める事を楽しむおもちゃがあります⇒「バンダイ 5秒スタジアム」

特殊能力その2 広辞苑の早引き
クイズ番組などで分からない単語があると辞書引いて調べるので早いそうです。
さとう珠緒さんと早引き対決!「マントヒヒ」小島さん圧勝!
次に西尾アナと対決!「相撲協会」西尾アナ勝利!広辞苑には登録されてないようです。
自分の使っている辞書ならもっと早く引けたと苦しい言い訳でこの勝負は終わりました^^;

特殊能力その3 ゴールキーパー
サッカー経験はないらしいのですが、昔は野球をやっていて反射神経がスゴイんだとか
普段の生活でも自分の反射神経ってスゴイと思ってた時、フットサルのキーパーを頼まれたそうです。
初めてやったフットサルでバシバシ止めて大活躍、それからよく呼ばれるようになり
今まで何試合もやってきてるけど、1点も取られたことが無いんだそうです。
果たして、この話はホントなのか・・・
早速スタジオにゴールが用意されました。さとうさん、西尾アナのシュートは当然軽く止め
その昔、別番組でPK職人と言われていた憲武さんのシュート
ズバーンと見事にゴール! 初めてゴールを奪われたという小島さん
その後、2発目、3発目も見事に入りハットトリックとなりました(笑



さとう珠緒さんのコダワリは、タコス

珠緒さんが好きだという物が「トルティーア」
タコスの生地の事で、アメリカンタイプとメキシカンタイプがあるそうです。
これで作るタコスが大好き。バランス良く野菜と肉が食べられるところが良いんだとか
では、どれくらいの頻度で食べるのか・・ 2が月に1回くらいだそうです(微妙^^;)
トークも終わり、タコスの具材が用意されタコスパーティーへ
「ほうれんそうのトルティーア」「シナモンのトルティーヤ」など変わった物もありました。
野菜や肉や香草にソース、自分の好みで巻いていきます。
手巻き寿司のパーティみたいな感じですね。
ちなみに、珠緒さんは色々用意してパーティをすることはないそうです^^;


●コダワリのVTR
「腕時計の未来を切り拓いた男 伊部 菊雄」

衝撃に強い腕時計「G−SHOCK」を作り出した伊部菊雄のお話。
デジタル腕時計が生まれたのは1970年代、1980年には日本でも続々と販売されるようになりました。
CASIOでデジタル腕時計の開発をしていた伊部菊雄に事件が起こったのは1981年の事でした。
ぶつかった拍子に腕時計が外れてしまい落下・・
父親に貰った記念の腕時計が無残に壊れてしまったのです。
腕時計は精密機械、壊れないように大切に扱うのが当時の常識でした。
これをキッカケに「壊れない腕時計を作ろう」と伊部の開発が始まったのです。

それまでに軍用タイプ等で衝撃に強い物はありましたが全てアナログ。
液晶や電子機器を使うデジタル時計で衝撃に強いものはありませんでした。
伊部は早速「落としても壊れない腕時計」として上司に提案したものの・・
世の中は軽薄短小な物が流行りだした時、頑丈にして分厚くしたら売れないと提案は却下されました。
しかし、伊部は諦めず仕事が終わってからの時間を使い、一人開発を始めました。

伊部はまず、腕時計本体にゴムを巻き付け衝撃を吸収しようと考えました。
試作品を作り、それで壊れないか実験をすることにしました。
実験の場所に選んだのは3階のトイレの窓、そこから地面までは約10m!
伊部は「10mの高さから落としても壊れない腕時計」を目指し実験を繰り返しました。
伊部の作った試作品はことごとく失敗。その数は200個を超えました。
行き詰った伊部がヒントを得たのは、職場の隣の公園でした。
ボール遊びをしている少年を見て、ボールの中に時計が吊るされていたらと考えました。
外部からの衝撃は空間に吸収されて内部には届かない。
それまでの試作品は、全て本体とカバーが密着していたので衝撃がモロに受けていたのです。

ヒントを得た伊部は、
デジタル時計本体を4つの層でカバーして空間を作りその接触面を点で支えるようにしました。
こうする事で中心部は宙に浮いた状態に近くなり衝撃が伝わりにくくなると考えたのです。
こうして作られた試作品は、10mの高さから落としても壊れず時を刻み続けました。
こうして、1983年にG−SHOCKは完成しました!

しかし、薄型がもてはやされた時代に従来の3倍以上の厚みのある時計
発売までこぎつけたものの、案の定さっぱり売れませんでした。
そこに追い討ちを掛けるように事件が起こりました。
アメリカの販売会社が作ったCMが、アイスホッケーのパック変わりに時計をシュートするというもので
それでも壊れないというのは誇大広告ではないか?と番組で検証されることになったのです。
アイスホッケーのシュートの衝撃は、地上40mから落下した時の衝撃に相当します。
伊部の実験設定の4倍、この検証で壊れてしまったらG−SHOCKの未来は絶望的・・・
検証の結果は見事クリア!壊れることなく時計は動き続けました。

この検証の様子を放送した番組をキッカケに、この時計に飛びついたのは
アメリカのボーダーやミュージシャン達、流行の最先端をいく若者達でした。
無骨なデザインは軽薄短小とは違う、ヘビービューティという新しいスタイルを確立しました。
日本での大ヒットのキッカケは、1994年公開の映画「スピード」
主人公キアヌ・リーブスの腕には、G−SHOCKがはめられていました。
これを見た当時の若者がこぞって買い求め大ブームが巻き起こりました。
カラー素材の特性から金属では不可能な色付けも可能になり
G−SHOCKはファッションアイテムの定番となっています。


●コダワリのオススメ

・両手足にはめて掃除するモコモコモップ
詳細記事はコチラ⇒そうじっ手&そうじッパ

2008年10月18日
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未来創造堂 第131回 スピードワゴン 古内東子

未来創造堂 第131回のゲストは、スピードワゴンの2人と古内東子さんでした。

●コダワリのトーク

古内東子さんのコダワリは、ホルモン

古市さんは、ホルモンが大好きで週1回は食べに行ってるそうです。
カルビやロースは食べずに、ホルモン系がメインなんだとか
コリコリとプルプル2つの食感が味わえるところが良いみたい。
そんな古内さんの行きつけのお店のホルモンが用意され名前当てクイズ!
「ホルモン道場 闇市倶楽部 目黒」「ほるもん倶楽部 あじくら 渋谷」「ほるもん稲田 目黒」
3店舗から計8種類のホルモンが用意されました。

@ ヤン 牛の第3胃と第4胃のつなぎ目
A ハツモト 牛の心臓に近い大動脈
B ドーナツ 豚の喉
C フエ 大動脈
D マルチョウ 小腸
E ギアラ 牛の第4胃
F シマチョウ 牛の大腸
G コプチャン 牛の小腸
見た目区別しにくいEFGで迷った古内さんですが、ほぼ的中。

これらのホルモンを鉄板でジュウジュウ。お食事タイムになりました。
ホルモン系が苦手という西尾アナだけちょっと辛そうでしたが
他の皆さんは美味しそうに食べてました。



小沢一敬(スピードワゴン)さんのコダワリは、血液型

小沢さんが生み出した血液型の理論があるそうです。
名付けて「エレメンタル(元素)理論」その理論を簡単に説明してくれました。
A型は水 純情で透き通ってるけど流されやすい。
B型は火 ギラギラ燃えている、まわりをヤケドさせてしまう。
O型は風 フワフワしていて、つかみどころが無い。
AB型は鉄 熱しやすく冷めやすい

B型の火(テンション)を下げるのは、A型の水なんだとか。
一見相性が良くない感じがしますが、火と水が無ければ人類は進歩出来なかった。
と、いうことでA型とB型の相性は悪くないそうです。
逆にB型の火の勢いが増すのは、O型の風なんだとか。
一般的にB型とO型は相性が良いと言われているのに当てはまります。

話していると、その人が何型か分かったり小沢さんの理論は他にもありそうでしたが
番組の時間内では全て説明出来なかった(説明が下手だった?)ようです。


井戸田 潤(スピードワゴン)さんのコダワリは、三国志

三国志が大好きだという井戸田さん。
三国志というのは、1800年前の中国の話で、漫画も発売されています。
三国志のキャラクターの話を三国志Tシャツを使って説明してくれました。
・赤兎馬(せきとば)一日千里走ると言われた速い馬。
元々は、どうたくが乗っていた馬で、後に呂布(りょふ)の馬となる。
・中国の地図が描かれたTシャツ 孔明の死んだ五丈原の位置が記されている。

そんな井戸田さんの奥さんの安達祐実さんは、どう思っているのかというと
付き合いだした当初、共通の話題の無い井戸田さんは、三国志の話を延々としたそうです。
この話を聞いた安達さんも三国志を読み、井戸田さんに共感したそうなんです。
それを聞いて井戸田さんは結婚を決めたんだとか。甘いエピソード?^^;


●コダワリのVTR
「鰹節の未来を切り拓いた男 新海 豊一」

第二次世界大戦後、日本の食生活は大きく変わりました。
食材は欧米化していき、インスタント食品が人気を集めるようになっていきました。
昭和36年、鰹節メーカーにんべんで研究開発をしていた新海豊一は悩んでいました。
創業300年を誇る鰹節の老舗もピンチを迎えていたのです。
日本食の代名詞とも言える鰹節の低迷は、日本食文化のピンチとも言えることでした。

鰹節はいちいち削るのが面倒。
新海は考えました。削った鰹節を売ってみてはどうか・・・
しかし、社内の仲間は猛反発。鰹節の命である香りが失われてしまうからです。
それでも新海は削った鰹節にこだわりました。
最高級の鰹節「本枯節」を削った物を売り出そうと考えていたのです。
一流料亭で使われる本枯節を使い、一流の味と香りをお茶の間に届けよう。

削られた鰹節は長持ちしません。酸素に触れて香りが消え旨味も飛んでしまいます。
これは酸化と呼ばれる現象で、切ったりんごが変色したり釘が錆びるのと同じ現象です。
どうしたら酸化を防げるのか・・ 新海がまず考えたのは真空パックでした。
これで酸化は防げる。しかし、ペチャンコになり鰹節独特のふんわり感が無くなってしまいます。
酸化を防ぎ、ふんわり感を保つ物・・
酸素の代わりになるものを一緒に入れればいいんじゃないのか・・

新海がひらめいた物は「窒素」でした。
空気の成分のおよそ8割は窒素、窒素ガスは無害で工業用にも広く使われていました。
値段も安い窒素ガスを充填することで酸化を防ぐことに成功したのです。
しかし、この方法でも一度開封すれば香りは逃げてしまいます。
そこで新海は、1回で使いきれるような小袋タイプ考案。
ダシなら2人分、ふりかけなら4〜5人分という計算で分量は5gとしました。
そう決めたものの、新たな問題が発生しました。
削り節が大きくて小袋に上手く入らない。もっと細かく削らなければ・・
新海は様々な方法を試しましたが、どれも失敗・・
結局大きな目のザルを使い、鰹節を小さくし袋詰めしたのでした。

かくして昭和44年5月、鰹節「フレッシュパック」が完成しました。
本格的な香りと細やかな削りで、おひたしに掛けるという新たなスタイルを生み出し
この商品の発売を期に鰹節の消費は右肩上がりに上昇しました。
小袋パックは今では常識となり、アジア圏やアメリカなどに輸出されています。


●コダワリのオススメ
・水を入れるだけでお湯を沸かせる袋
詳細記事はコチラ⇒食品加熱パック ホットイート

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