2008年08月02日
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未来創造堂 第120回 坂井真紀 吉沢悠

未来創造堂 第120回のゲストは、吉沢悠さん、坂井真紀さんでした。

●コダワリのトーク

吉沢悠さんのコダワリは、守りたい

吉沢さんは、とにかく自分の身を守りたいと思っているそうです。
その昔、ヤンキーやチーマーという方々に絡まれることも多かったそうで
護身術としてキックボクシングを習い始めたそうです。
でも、その練習中に相手の人の腕にアザを作ってしまい・・・
守るのが目的なのに傷つけている、打撃は自分には向いていないと思ったそうです。
その時に出会ったのが、ヒクソン・グレイシー寝技の得意の格闘家です。
それから寝技・関節技を使う格闘技を習い始め、ニューヨークで試合にも出たんだとか

色々な経験を経て、今やっているのが「クラヴマガ」という護身術だそうです。
相手に向かってこられたら抵抗せず、「やめてください!」と声を上げて後退り。
周囲の人に自分が襲われていると認識させることが護身の第1歩なんだそうです。
この時の避け方も最初にキッチリ教わるんだとか。
その後「金的攻撃」バシ〜ッとするどいキックを当てる練習をしていました。
打撃はむいてないんじゃなかったのかな・・^^;

女性でも出来る護身術として、手首を掴まれた時の逃げ方を教えてくれました。
相手の親指側に自分の手をひねりサッと引く・・・
動きだけ見ていると、相手にアイ〜ンとやるような感じでした^^;
でもこの動きだけで、簡単に逃げられるようです。
このグラヴマガという護身術は、イスラエル軍から出た護身術でSPの人も使っているそうです。



坂井真紀さんのコダワリは、モツ煮

坂井さんは、とにかく「モツ煮」が大好き。
死ぬ前に食べたい物は?と聞かれたら絶対「モツ」と答えるくらい好きなんだそうです。
早速、坂井さんオススメのお店が紹介されました。
「埼玉県寄居町 金太郎」
「三軒茶屋 関根精肉店」
女性でモツがダメという人が結構多いらしいのですが、両店ともクセがなく食べやすいそうです。
坂井さん自身はモツ煮は作ったことはなく、お母さんがお正月とかに作ってくれるそうです。
そのレシピを聞き作ったモツ煮も登場。坂井さんの好きな味がきちんと出ていたようです。
「坂井家のモツ煮」豚モツ、ヒネショウガ、大根、蒟蒻、味噌、人参、日本酒

番組が用意した変わったモツ煮もみんなで試食

「銀座 銀座ささもと」やき鳥のように串に刺したモツを煮込んだもの。

「森下 山利喜」すごい行列が出来てるお店と坂井さんは知っているようでした。
ビーフシチューのようなモツ煮?フランスパンと一緒に食べていました。


●コダワリのVTR
「ボクシングの未来を切り拓いた男 杉林 郁夫」

福島県 二本松市にある「株式会社ウイニング」
世界に誇れるボクシンググローブを作っているメーカーです。
このウイニングの2代目が杉林郁夫です。
1988年、人気・実力共に日本一と言われたボクシング界のスーパースター
浜田剛史が27歳という若さでボクシング界から去ることになりました。
その原因となったのがハードパンチャーゆえの「拳の骨折」でした。

浜田だけでなく、拳の骨折で苦しむ選手は沢山いました。
拳の骨折はボクシング界全体の悩みの種だったのです。
「なんとかならないか?」との現場の声に杉林は奮起しました。
元々は素手の殴り合いから始まったボクシング。スポーツとなりグローブをはめて戦うようになりました。
相手にダメージを与える為に付けるのではなく、自らの拳を守る為に生まれた道具です。

グローブのクッション材には、馬や羊などの毛が使われてきました。
これは、グローブが生まれて300年間変わりませんでした。
馬毛のグローブは攻撃力が強い反面、使い続けるとクッションが薄くなります。
このクッション性の低さが拳の骨折の原因となっていました。
それならば、グローブのクッション性の高いグローブを作ればいいのでは・・・
そこに立ちはだかったのが、ボクシングの規定です。
グローブは階級に合わせて厳しく重さが決められていて
スーパーライト級以下は227g(8オンス)
ウェルター級以上は284g(10オンス) 1gの誤差も許されません。

杉林は重さの規定を満たし、かつクッション性の高い素材を探しました。
辿り着いた素材は「スポンジ」でした。
スポンジは衝撃を加えても元に戻ろうとする力が大きく、クッション性に優れています。
杉林はスポンジを使い、全く新しいボクシンググローブを作りました。
これはボクシンググローブ300年の歴史の中で革命とも言えることだったのです。

期待をこめて作ったグローブでしたが、現場の声は冷たいものでした。
ボクサーは強いパンチを打つ為に、パンチの当たる瞬間にグッと拳を握ります。
スポンジ性のグローブでは、スポンジの反発力が強すぎて拳が握りにくかったのです。
クッション性に加え、握りやすさを考えなくてはならない。
改良を重ねるうちに、2種類のスポンジがあることに気付きます。
空気が外に逃げない為に硬い、独立気泡スポンジ ウェットスーツなどに使われています。
そして、食器洗い用などのスポンジ、空気が逃げる為に柔らかい、連続気泡スポンジ この2つです。

杉林はこの2つのスポンジを組み合わせ
クッション性、拳の握りやすさ、規定の重さ、この3つの条件が揃う絶妙のバランスを探しました。
現場へ出向き、改良を重ねること2年。
二つのスポンジをミリ単位で削り、全ての条件をクリアしたグローブが完成しました。

1990年の大橋秀行選手の世界タイトルマッチ
世界タイトルで初めて杉林のグローブが使用されたのがこの時です。
その後、日本人で世界チャンピオンになったのは27名。
杉林のグローブを使い、世界戦で拳を骨折したのは、わずか1名。その安全性が実証されました。
さらに、世界の名立たるチャンピオン達が杉林のグローブを愛用しています。


●コダワリのオススメ
ぷくぷくレター

絵の書かれた葉書サイズの紙、その紙を水のついた筆でなぞると
ぷくぷくと紙が膨らんでいくという商品でした。
憲武さんが「まだ発売前なんですが・・」と言っていたんで、購入はまだ無理みたいです。
商品を探してみましたが、同じ物も類似品も見つけることが出来ませんでした^^;



2008年07月26日
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未来創造堂 第119回 はなわ 原沙知絵

未来創造堂 第119回のゲストは、はなわさん、原沙知絵さんでした。

●コダワリのトーク

はなわさんのコダワリは、お米

はなわさんは、お米が大好き。特に炊きたてのお米が大好きで
逆に一番嫌いな物が炊いてから時間の経ったお米なんだそうです。
お米にこだわるはなはさんは、米の研ぎ方にもこだわっています。
水が綺麗になるまで洗ったり、ギュっギュっと力強く研ぐのは古い研ぎ方
今のお米は、精米の技術も新歩しているので、そんなに研ぐ必要はないそうです。
米を傷つけてはいけない。はなわさんが考え出したやり方は「シェイカー」
バーテンダーが使っているシェイカーにお米を入れてシェイク!
強く振る必要はないようです。ある程度振ったら水を入れ替え再度シェイク!
これを2,3回繰り返せば洗米終了。お米をジャーに移します。
シェイカーなら注ぎ口でお米が止まるから水を捨てる時は便利そうでした。

そんなはなわさんが利きお米にチャレンジ
予め銘柄は聞かず、4種類のお米の銘柄ををズバリ当てるというもの
@あきたこまち Aヒノヒカリ Bミルキークイーン Cコシヒカリ
系統が同じというヒノヒカリとコシヒカリで若干間違そうになりましたがあとは正解!
ミルキークイーンというのは、未来のコシヒカリとして作り出されたお米なんだそうです。
まさか・・と驚いていましたが食べただけで当てるとはお見事です。

炊き上がった後にもこだわりがあって
炊き上がったお米は必ずおひつに移すそうです。
おひつがお米の余分な水分を吸ってくれるので何時間経っても美味しいんだとか
炊き上がったお米の中ではなわさんオススメのヒノヒカリをみんなで試食
辛子明太子 有明の海苔 佐賀特産のがんづけ(かに漬け)が用意され
みんなでガツガツ本気食い。相当美味しいお米だったようです。



原沙知絵さんのコダワリは、ドライ納豆

原さんがハマっているのはドライ納豆!
お酒にあうヘルシーな食べ物を探している時にコンビニで見つけたのが始まりなんだとか
ドライ納豆も色々な味があって、納豆がそのままドライになった感じのもあれば
大豆の風味が活かされてるものもあって、意外とワインやシャンパンに合うんだとか

原さんが最初にハマったのが「アーモンド・フィッシュ&乾燥納豆」
この会社の商品がすごく美味しくて大好きなんだそうです。
「エムアンドエム ガーリック味 黒大豆 しょうゆ味」
他にも色々な味があり、全部で20種類の商品が出ているようです。

そんな原さんの要望が、チーズ味などのもっとヘヴィな味。
番組でドライ納豆を作ることになりました。
ドライ納豆は、フリーズドライ製法や天日干しなどの作り方がありますが
一番簡単なフライ製法でチャレンジ!
さっと水洗いした納豆の水気をとってから、150度の油で揚げます。
気泡が無くなるまで揚げたらペーパータオル等で余分な油をとって完成です。
そこに色々な物で味付け、番組ではチーズ系ソース系しょうゆ系と色々試していました。
どの味にしても大体美味しいみたいでしたが、しょう油+海苔が一番美味しかったみたいです^^;

原さんオススメのドライ納豆
http://www.kaeruppo.com/products/natto/index.html

番組中憲武さんが言っていた機内食のドライ納豆
ドライ納豆 国際線の機内食にも♪ 豆類 【おつまみ beans】


●コダワリのVTR
「クリーニングの未来を切り拓いた男 山田 幸雄」

1995年 千葉県でクリーニング店を経営していた山田幸雄が本日の主人公です。
当時、即日仕上げに力を入れドライクリーニングで売り上げを伸ばしていました。
19世紀末にフランスで生まれたドライクリーニング
水洗いだと型崩れしてしまう衣類を、石油系の溶液に浸すクリーニング方法です。
油汚れには強いけど、水溶性の汚れ(汗ジミ)には滅法弱いのです。
ヨーロッパと違い高温多湿の日本、衣類に付着する汚れは汗ジミのものがほとんど・・・
この為、汗ジミがほとんど落とせす、お客からのクレームも沢山あったのです。

日本では日本にあった洗い方をしなければダメだ!
山田は、汚れとは何か基本から研究を始めました。
ドライクリーニングでは、石油溶剤の分子が繊維に付いた油汚れの分子を吸い取ります。
しかし、汗ジミの汚れには効果を発揮しません。
一方、洗剤を使い水洗いをすると、油汚れも汗ジミもどちらも落とす事が出来ます。
この時、汗ジミを落としているのは水に含まれるミネラルの粒子ということに気付いたのです。
でも、水洗いには大きな問題がありました。
ミネラルが汗ジミを落とす時に繊維のキューティクルも傷付けてしまうのです。
その結果、衣類は見るも無残に型崩れ・・・
そこで、ミネラルを一切含まない精製水で洗ってみました。
洗い終わっても型崩れしていない。だけど汚れは全然落ちませんでした。

汚れを落とし繊維を傷付けない。適度なミネラルを含む水。
そんな理想的な水は無いものかと、山田は全国の水を見て回りました。
鍵はミネラルの含有量。ミネラルの量は硬度で表されます。
ちなみに、ミネラルたっぷりの「エビアン」は硬度304、一般の水道水の硬度は60です。
エビアンに比べれば低いですが、60でも洗うには硬度が高すぎるのです。
ようやく山田が辿り着いたのは、屋久島の天然水でした。その硬度は10。
水洗いに最適なミネラルの量、さらにミネラルの粒子が水道水の1/10と小さかったのです。
これなら、繊維を傷付けるだけでなく、繊維の細部に水が行き渡り汚れもよく落ちます。
山田は、屋久島の水を再現する為に仕事場の裏に井戸を掘りました。
その天然水を何度も何度も濾過を繰り返しました。名付けて「磨き水」
こうして山田は、型崩れしない水洗いの方法を見つけ出しました。
これはクリーニングの歴史の中で革命とも言える出来事でした。

ところが、どうしても油汚れが落とせなかったのです。
水洗いだけでは油は落とせないのかと落胆しましたが、山田は諦めませんでした。
大学教授など専門家を訪ね歩き、ある情報を見つけることが出来たのです。
船乗りは油まみれの衣服を洗う時、網に入れて船の後ろに流したという
ヒントは泡でした。細かな泡は繊維の隙間に入り込み油汚れを弾きます。
油汚れにぶつかった泡は破裂してすぐ割れてしまうから繊維を傷付けることもない。
山田は、洗濯機メーカーと協力し超微細な泡を生み出す洗濯機を作りだしました。
直径1/100oにも満たない泡を作り、水だけで油汚れを落とすことに成功したのです!

莫大な開発費をかけた為、一般のお客には受け入れられなかったこのクリーニングですが
1997年 アメリカで行われた世界クリーンショーで注目され
イタリアの高級ブランドや、日本の高級百貨店などの顧客サービスとして採用されました。


●コダワリのオススメ
背中洗い用スポンジ

1人でも背中が洗えるという商品ですが、見つけることが出来ませんでした。
スポンジのついた器具の裏に吸盤が付いていて、それをお風呂場の壁にペタっと付ける
そして、その器具に背中を上下に擦り付けて使うようです。

2008年07月20日
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未来創造堂 第118回 前原誠司 国生さゆり

未来創造堂 第118回のゲストは、前原誠司さん、国生さゆりさんでした。

●コダワリのトーク

前原誠司さんのコダワリは、SL写真

国会議員の前原さんは、蒸気機関車が大好き。
いわゆる「鉄ちゃん」で、SLを撮るのが専門の「撮り鉄」なんだそうです。
撮った写真を眺めるのが好きなのか、写真を撮ることが好きなのか と、国生が質問
前原さんは、現場まで行きSLの音に鳥肌をたてながら写真に収める事が好きなんだとか

ご自身が撮った写真を数点見せてもらえました。
「北海道 函館本線」の写真、有名な撮影位置だという場所で撮った写真は
いい場所を他の人に取られていたので、脚立を購入しその上から撮ったという思い出の一枚^^;
不安定で若干ピントが甘いという感想でしたが、素人目では迫力ある写真に見えました。
「山口〜島根県 山口線」煙がもくもく上がっている写真
鉄ちゃん仲間の間では「爆煙状態」と言うみたいです。こちらも迫力ある写真でした。

新幹線等の新しい電車は撮らないのか と、西尾アナの質問
蒸気機関車の力強さとその音が好きなので、撮るのは蒸気機関車だけなんだそうです。
電車との違いは坂で出るらしく、電車ならすーっと通り過ぎるような坂も
蒸気機関車は苦しんでるような音を出しながら力強く登ってくる感じが好きなんだとか
蒸気機関車の音を収録したCDが販売されていて、その音もよく聞いてるそうです。

最後に取り出した写真が「SLのカレンダー」
2008年のSLのカレンダーの表紙に前原さんの写真が採用されたんだとか!
「政治的圧力無しで!」と強調していました(笑
しっかりと名前が入っていて、すごく嬉しくて表紙をめくらず飾ってるそうです^^



国生さゆりさんのコダワリは、野菜の柔らかいところ

野菜の柔らかいところ、野菜の芯というか一番新鮮な部分のことみたいです。
ほとんどの野菜にそういう部分があり、そこを食べるのが好きという国生さん
野菜の美味しさには変わりはないんだけど、その部分は特に美味しい。
野菜の「トロ」のような部分なんだそうです。

「野菜は中の芯の黄色いところが美味しかったりするんですよ」と
まずは白菜を真っ二つに、白菜の下のほうの葉っぱの中心部の一部分がそう。
憲武さん、前原さんが食べてみて「甘い」と一言。他の部分とはちょっと違うようです。
キャベツにも同様の場所があって、国生さんはまずその部分から食べるようにしてるんだとか
キャベツの外側から使ってると一番美味しい部分を食べ損なうってことですねぇ。

他の野菜も芯「トロのような部分」を探してみました。
ほうれん草、みょうが、玉ねぎ、スイカ どれも共通して言えるのが「甘い」ということ。
スイカは中心が一番美味しいですよね。その部分が他の野菜にもあるということみたいです。


●コダワリのVTR
「ネジの未来を切り拓いた男 若林 克彦」

バルブメーカーの設計士だった若林克彦、当時25歳。
工業製品の国際見本市で見た「緩まないネジ」が運命の出会いでした。
そこで見た緩まないネジは、どれも子供だましだったのです。
自分ならもっとキッチリ締まるネジを作れる・・・
若林はナットに板バネのついた開発し成功し独立!
その製品は振動の多いベルトコンベアーなどに採用されました。

鉄道オタクだった若林は、揺れると言えば鉄道と鉄道会社に売り込みを掛けます。
しかし、鉄道会社からはベルトコンベアーと一緒にしないでくれと相手にしてもらえません。
またこの頃、若林のネジを使った削岩機や杭打ち機で緩みのクレームが多くなりました。
長時間の振動で板バネがダメになってしまうのが原因でした。
この時、若林は思い知ります。
緩まないネジを作るということは、絶対の安全を作るという事だと。

絶対に緩まない作り出そう頭を悩ませていた若林。ヒントを得たのは「鳥居」でした。
鳥居には古代建築の技法「くさび」が使われています。
素材と素材の間に打ち込みしっかり固定させるものがくさびです。
ネジとナットの間にくさびを打ち込めばネジはビクともしなくなる!
これまで誰もやったことのないやり方、若林は早速ネジを作り鉄道会社に持ち込みました。
確かにこれでネジは緩まなくなったのですが・・・
いちいちくさびを打ち込むのに手間がかかること、
一度打ったら緩められす、保守点検が出来ないことを指摘され、採用されませんでした。

鉄道には保守点検が付き物、安全の面からも簡単に緩められないと意味がなかったのです。
若林は諦めず、くさびの考えをさらに深いものにしていきました。
思いついたのが、「ナット自体をくさびにする事」
若林は、凸と凹2種類のナットを作りました。
凸がくさびの働きをするナット、凹がそれを受け止めるナットというわけです。
しかし、このままでは凹のナットが押し広げられ緩む可能性があります。
そこで凸凹を逆に、凸を下にし凹のナットを上から被せるような仕組みにしました。
こうすることで、上の凹ナットが下の凸ナットを締め付けることになり
両方のナットが緩みにくく、緩める時は簡単に緩むという理想的なナットが出来ました。
独立から16年経った昭和49年 絶対に緩まないネジ「ハードロックナット」の完成です。

世の中は新幹線の時代、このネジを新幹線にと若林は売り込みました。
その採用に、過酷なテストが突きつけられました。
ネジの開閉を30回行い、ある程度劣化させたうえで、
震度7に相当する振動に17分間耐えるというテスト
これはNASAが宇宙ロケットの部品に課している基準と同じでした。
二つのナットにあらかじめラインを引き、テスト開始
緩んで外れたら問題外、ラインがちょっとでもズレたら不合格となります。
若林のナットは、見事このテストに耐え、基準クリア!
もちろんラインはそのまま、その上1時間の振動にもビクともしませんでした。

どんな振動にも負けないハードロックナットは
オーストラリア「クイーンズランド州鉄道」や「中国高速鉄道」にも採用され
世界の鉄道の安全を支えているのです。


●コダワリのオススメ
http://souzoudoukodawari.seesaa.net/article/103153238.html

2008年07月12日
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未来創造堂 第117回 寺島進 矢口真里

未来創造堂 第117回のゲストは、寺島進さん、矢口真里さんでした。

●コダワリのトーク

矢口真里さんのコダワリは、豚シャブ

矢口さんは豚シャブが大好きで、色々なお店を食べ比べしてきたんだとか
高くて美味しいのは当たり前、安くて美味しいお肉を食べることにこだわってるようです。
お手頃価格のお店の料理が番組で用意されました。
「鍋ぞう 牛テール&激辛キムチ鍋 1人前2100円」
憲武さん特製のラー油をたっぷり入れたゴマだれと共に絶賛されていました。
「遊食菜彩 いちにいさん 黒豚しゃぶ」
そばツユで食べる豚しゃぶ、ツユに入っているネギをくるむ感じで食べるそうです。
「しゃぶしゃぶ温野菜 豆乳ダシ&火鍋」
ここが矢口さんイチオシのお店、矢口スペシャルというたれを作ってました。
ポン酢にもみじおろしとネギをたっぷり入れて、お肉で巻いて食べるのと
ゴマだれにさらにすったゴマを入れる「ゴマだく」で食べるのが矢口流なんだそうです。
終始食べっぱなしのトークでしたが、最後の鍋が一番美味しそうでした。



寺島進さんのコダワリは、洗口液

特にコダワリは無いという寺島さんですが・・・
メイド イン ジャパン にはこだわっているようです。
日本人なら日本の物に誇りを持てという感じでしょうか・・・
特に映画やドラマに対してそういう風に言っているように聞こえました。
そんな寺島さんのカバンの中身は・・・たばこ リステリン アラミス
リステリンもアラミスもアメリカ製です・・^^;
アラミスは16歳の時から使い続けているそうで
リステリンは5年前から使い続けているそうです。
洗口液は色々試した結果、リステリンが一番味が良かったらしいです。
リステリンを使ってうがいをして喉の殺菌をしたり
役者だからキスシーンもあるということで、お口のケアにも気を使っているみたいです。

スタジオに特大リステリンが用意されてテイスティング!
ワイングラスにリステリンを入れて色も楽しんでいました^^
・リステリン ターターコントロールベターケア(うすい水色)
・リステリン クールミント(水色)
・リステリン オリジナル (黄金色?ビールのような色)
寺島さんはクールミントを愛用しているそうです。

この他に日本製の洗口液が用意されました。
日本製のほうが刺激が少なめで使いやすいみたいですね。

こんなに爽やかにしたの初めてだね と憲武さんの感想で〆られました(笑


●コダワリのVTR
「ボールペンの未来を切り拓いた男 井上 繁康」

筆記用具の王様ボールペン
1943年に開発されたボールペンは、進駐軍と共に日本に持ち込まれ
万年筆や鉛筆に代わる筆記用具のベストセラーになりました。
しかし、油性ボールペンには弱点があったのです。
・油性インキでは綺麗な色が出せない。
・書き出しがどうしてもかすれやすい。
そんなボールペン業界に参入しようと考えたのが「サクラクレパス」
誰もが知ってるクレパスを世に送り出した画材メーカーです。
サクラクレパスは色の美しさにトコトンこだわって世界に認められていました。
綺麗な色のボールペンを作ろうと考えたのです。
その研究開発チームの中に井上繁康はいました。

開発を始めた1981年当時、ボールペンのインキには水性と油性がありました。
水性は油性に比べ書き味が滑らかで、色の発色も良かったのですが
紙によってはにじみが出てしまう弱点がありました。
色を大切にする井上は、水性インキをベースににじまないインキ作りに取り掛かりました。
クレパスを作っているから色には自信がありました。
クレパスに使っている顔料は岩石などの鉱物を材料としたもの
それを水に溶かせば、綺麗なインキが出来上がる!そう考えました。
しかし、顔料は水に溶けず、分離してしまうのです。

顔料は水には溶けないが、まんべんなく混ぜ合わせれば色は出る。
そこで思いついたのが「ネバネバした液体」
粘り気があれば、顔料は分離することなく混ざるはずと考えたのです。
井上たちは、ネバネバを求め卵の白身や生クリーム、とろろまで色々な材料を試しました。
予想通り、顔料はまんべんなく混ざり合いました。
しかし、ネバネバのインキはとても使い物にはなりませんでした。

ボールペンはペン先で回転するボールにインキがのる事で色を出しています。
ネバネバのインキだとペン先に詰まってボールが動かなくなってしまうのでした。
色を出すにはネバネバ、書き味を良くするにはサラサラ
相反する要素をどうやって1つにすればいいのか・・ 開発は行き詰ってしまいました。

ある日、ゼリーを食べている後輩を見て井上は閃きました。
寒天は、熱を加えている時はサラサラで冷やせば固まる。
なんらかの刺激でネバネバからサラサラにサラサラからネバネバに状態が変化するもの
そういう液体を探し出し、それを使えば上手くいくと考えました。
でも、そんな理想の液体に辿り着くことは出来ませんでした。
悪戦苦闘の日々は、開発開始から2年も経っていました。

所詮は無理だったのか・・と諦めかけていた時
井上は、たまたま見ていた工業新聞に気になる記事を見つけます。
普段はネバネバで攪拌するとサラサラになる「キサンタンガム」という不思議な素材でした。
液体にとろみを与える天然の多糖類で、乳液などの化粧品に使われているらしい。
井上はワラにもすがる思いで、キサンタンガムを取り寄せました。

キサンタンガムは攪拌によって分子の結びつき方が変化するというものでした。
瓶に入れ振ってみるとサラサラに、止めるとネバネバになりました。
ペン先のボールは、普通の早さで10pの線を書く時に64回転します。
F1のタイヤが毎秒40回転というから、それ以上の勢いです。
この回転が攪拌と同じ作用をして、ネバネバがサラサラに変わります。
通常ネバネバな液体は顔料とまんべんなく混ざり発色も申し分ありません。
そして、水性インキの弱点であったにじみも克服
顔料を使っているので、どんな紙でもにじむことはありませんでした。
まさに理想のインキの誕生!
井上達は、鮮やかな色を出すボールペンの開発に成功したのです。

「ゲルインキ」と名付けられた革命的なこのインキを使い
1984年「ボールサイン」が発売されました。
ゲルインキを使ったボールペンは、油性ボールペンに迫る大ヒット商品になりました。
その人気は海外でもうなぎのぼり、年一億本を越える量が輸出されています。


ボールサイン.jpeg
  サクラ ボールサイン12色セット



●コダワリのオススメ
ビンアーク.jpg
↓詳細はコチラ
電動ビンオープナーBINARKビンアーク


以前番組で紹介された、電動缶切り「カンアーク」が再度紹介され
そのメーカーが作った 電動で瓶のフタを開ける「ビンアーク」が紹介されました。
女性やお年寄りには嬉しい商品ですね!
その反面、お父さんの威厳を保つシーンが減りそうです^^;


2008年07月05日
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未来創造堂 第116回 小泉孝太郎 スザンヌ

未来創造堂 第116回のゲストは、小泉孝太郎さん、スザンヌさんでした。

●コダワリのトーク

小泉孝太郎さんのコダワリは、ちまき

ちまきが大好きだという小泉さん、特に親戚の叔母さんの作るちまきが忘れられない味なんだそうです。
その作り方を親戚の叔母さんに教えてもらい、番組で作ることになりました。

小泉家ちまき 材料
・もち米 3合
・とり肉 100g
・干ししいたけ 3〜4枚
・竹の子 銀杏 適量
・水 500cc
・塩 小さじ1
・砂糖 大さじ1
・醤油 大さじ2
・酒 少々
・中華だし 少々

小泉家ちまき 作り方
1.下準備、もち米を水に浸し一晩おきます。
2.とり肉、干ししいたけ、竹の子を適度な大きさに切ります。
3.切った材料と銀杏をごま油で炒めます。
4.もち米をバターで炒めます。
5.炒めた具に500ccの水を入れ煮込み、調味料で味を付けます。
6.ある程度煮たら、もち米とあわせ水気がなくなるまで煮込みます。
7.煮込んだものを適量に分け、アルミホイルに包みます。
8.それを蒸し器で15分〜20分蒸して完成です。

出来上がったちまきは皆さん大絶賛! 叔母さんの味が再現出来たようです。
その他にもアジア各地のちまきが用意され紹介されました。
「中国 山東省」 砂糖をつけて食べる甘いちまき
「タイ」 竹筒に入れ蒸したもの、パクチーが入ってるようです。
「中国 雲南省」 風味にクセがあり保存食のようなちまき。
「中国 淅江省」 ゴマ風味のアンコが入っているちまき。
「インドネシア」 マグロ・鳥そぼろ入りちまき。
「ベトナム」 ココナッツミルクに漬けた米とバナナのちまき。

これらのちまきを食べても、小泉家のちまきが一番美味しかったみたいです。

↓も小泉親子のお気に入り

よこすか海軍カレーネイビーブルー2人前




スザンヌさんのコダワリは、ポテトチップ

ポテトチップスが大好きだというスザンヌさん。
毎日でも食べたいそうですが、テレビの仕事をやるようになり太るといけないから
週に1度ポテトチップスの日を作り、その日は3袋とか食べちゃうそうです。
お気に入りは、九州限定「九州しょうゆ味」と「チーズポテト」
両方ともカルビーのポテトチップスです。

そんなスザンヌさんが利きチップスに挑戦
・カルビー うすしお味
・ハウス食品 オー・ザック あっさり塩味
・コイケヤ うすしお味
・ヤマヨシ 赤穂の天塩 
この4種類を食べ比べ、全問正解にはなりませんでしたが・・
オー・ザックは「バブリング製法」で作られている等の博識な面を見せてくれました。


●コダワリのVTR
「花火の未来を切り拓いた男 本田 善治」

新潟県小千谷市片貝町、人口約5千人の小さな町ですが
毎年9月に行われる「片貝まつり」の時はお祭り騒ぎとなります。
この祭のハイライトは、神様に奉げる「奉納花火」花火には色々な祈りが託されます。
片貝町は、三尺玉花火(直径約90p)の発祥の地と言われています。
三尺玉花火は、世界最大の花火を誇っていたのですが・・・
昭和55年、東京の業者が三尺三分玉(直径約91p)を打ち上げ世界一をアピールしました。
この時、片貝まつりの実行委員長を務めていたのが本田善治です。

過疎に悩む片貝町、この出来事で花火に掛ける町民の情熱まで奪われた気がしました。
花火命の本田は、世界一奪還を目指し立ち上がりました。
本業の旅館経営を投げ打って世界一の花火作りを始めたのです。
他を寄せ付けない程の大きさ「四尺玉花火」(直径約120p)を目指しました。
この当時、三尺玉でさえ成功する確率は6割程度しかなかったのです。
四尺玉なんて絶対無理と周囲の者は思いました。
重さ約600sの玉を高さ350m付近まで飛ばさなければいけません。
当時の火薬の威力では不可能と考えられていました。

しかし、本田は花火作りに没頭、火薬の量を調整し少しでも玉を軽くしようと考えました。
成功か失敗か、花火は実験する訳にはいきません。本番一発勝負にかけました。
昭和59年、本田の四尺玉は完成します。その重さは420kgまで抑えることが出来ました。
そして、本番の片貝まつり当日・・・ 満を持して点火スイッチON!
花火は空に上がらず、途中で爆発してしまいました。
この日の為に1年頑張ってきた本田、この失敗でも諦めませんでした。

失敗した原因と考えられたのは「玉の弱さ」
筒の中の打ち上げ火薬の威力に負けて、筒の中で爆発してしまったのです。
本田は玉に貼る紙の貼り合わせ方に知恵を絞りました。
500枚程度だった紙を、数千枚にまで増やし玉の強度を上げたのです。
そして、前回の失敗から1年後、昭和60年9月
本田の思いを詰め込んだ四尺玉花火は、空高く舞い上がり見事大輪の花を咲かせたのです。
その大きさは、見上げる者全員を圧倒するものでした。これこそ世界一!

片貝の四尺玉は海外向けのメディアでも取り上げられ注目されました。
今やその活躍の舞台は世界に広がっています。


●コダワリのオススメ
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カメラ付携帯電話に取り付けるレンズ、紹介されたのはこれが2回目です。
以前紹介された物よりも望遠倍率がアップ!さらに三脚も付いています。


2008年06月28日
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未来創造堂 第115回 エド・はるみ ダンカン

未来創造堂 第115回のゲストは、ダンカンさん、エド・はるみさんでした。

●コダワリのトーク

ダンカンさんのコダワリ その1 サインボール

ダンカンさんはレアなサインボールを集めるのが趣味なんだそうです。
「阪神タイガース 江川卓」とか「ジャイアンツ背番号59 ジャイアント馬場」とか
当時の物なら相当価値のある物なのですが・・・
本人にお願いして、そういう風に書いてもらった物だそうです。
野球選手だけでなく俳優・タレントでもボールにサインを貰ってるそうです。
森重久彌、Mr.マリック、青島幸男、赤塚不二夫、泉ピン子、植木等、コシノジュンコ、小林旭
佐藤浩市、谷啓、野坂昭如、橋田壽賀子、松岡修造、観月ありさ、三ツ矢歌子
と、著名な人達のサインボールを持参していました。

ダンカンさんのコダワリ その2 白髪

続いてのダンカンさんのコレクションが「自分の白髪」
抜いては瓶に入れ貯めているそうで、丸い塊になっていました。5年分だそうです^^;
抜くと増えると言われている白髪を抜き続けることで、どうなるのかチャレンジした結果なんだとか
理由はどうであれ、やはりちょっと変ですね^^;

ダンカンさんのコダワリ その3 メールけいしちょう
「メールけいしちょう」というサービスがあって
都内の各警察から不審者情報などが数時間おきに携帯にメール配信されるサービスだそうです。
それを丁寧に手帳に書き写しているうちに、色々分かってきたことがあるそうです。
この犯人は同一人物だとか、この手の犯行は土日起きないとか、色々推理しているみたいです。
このサービスは初めて聞きましたが、犯罪防止に役立つかもしれませんね。



エド・はるみさんのコダワリは、手帳

エドさんは、手帳になんでもメモをする習慣があるそうで
今では、大きな手帳を持ち歩きスケジュールも書き込んでるんだとか
「マネージャーさんか!」と突っ込まれることもよくあるそうです。
その習慣は、大学生の頃から続いてるそうで・・・
大学時代の小さい手帳には、メモが小さい字でビッシリ!
プライベートの借金の事や恋の話も細かく書かれているみたいでした。


●コダワリのVTR
「メロンの未来を切り拓いた男 杉目 直行」

メロンのブランドとして有名な「夕張メロン」を作った人のお話です。
昭和30年代、石炭が採れる炭鉱のあった夕張は、札幌よりも賑わう文化都市でした。
その一方、農家は極貧に喘いでいました。
その理由は夕張の土地、火山灰質で春になっても氷点下という劣悪な環境だったからです。
その農村を何とかしようと奮起した人が杉目直行です。

杉目は夕張ならではの特産品を作ろうと考えます。
真っ先に目を付けたのが「スパイシー」という品種の果肉の赤いメロン。
このメロンは古くから夕張で栽培されていました。
中近東が原産のメロンは、水はけの良い土地でよく育ちます。
火山灰質の夕張の土地は痩せてはいたものの、水はけは抜群に良かったのです。
しかし、このスパイシーは地元でも砂糖をかけて食べる程甘みの無い物でした。

このメロンを甘くするには・・・
杉目の先輩である技術者 伊藤正輔に助言を求めました。
伊藤はメロンの品種改良に取り組んだことのある経験者
迷う事なく「アールスと掛け合わせることだよ」と答えたそうです。
「アールス」とは、甘み抜群で表面の網目模様が高級感を漂わせている品種。
しかし、このアールスは極端に寒さに弱く、北海道の栽培は難しいとされていました。

杉目はこの可能性に賭けました。
寒さに弱いが甘み抜群の「アールス」と寒さには強い「スパイシー」
この2つの掛け合わせが成功すれば、きっと夕張特産メロンが生まれる!
そこから杉目の戦いが始まりました。
2種類のメロンを掛け合わせ種を取り、大敵である寒さを防ぐ工夫をしました。
種を腹巻に入れて発芽させ、風避けの新聞紙で苗を守りました。
こうして昭和36年に「夕張キング」が誕生しました。後の「夕張メロン」です。

完成したこのメロンの甘さは抜群!
これまでにないトロリとした食感、赤い果肉も新鮮でした。
しかし、出来上がったメロンは、味のバラ付きが目立ちました。
「青果物は芸術品ではない、あくまで商品である」杉目のノートにはそう書かれていました。
悩んだ杉目は、甘さの基準を設け、その基準を超えなければ出荷しないと決めました。

この基準に農家の人に文句を言われても、杉目は一切妥協しませんでした。
メロンの甘さを決めるのは昼と夜の寒暖の差、その理想は10℃と言われています。
杉目は農家の人々に温度管理を徹底させ厳守することを求めました。
昼は、ビニールハウスに風を入れ温度の上がりすぎを防ぎ
夜は、毛布を持ち込み、3時間おきに温度をチェック
その一方で杉目は、メロンをランク付けし、シビアな品質管理を徹底しました。

目指すは東京築地市場
夕張メロンの食べ頃は、収穫から3日後です。
その当時、夕張から東京まではトラックで2日かかりました。
なんとか届けられると考えましたが、夏の本州の暑さには耐えられませんでした。
空輸をすればコストはトラックの5倍かかります。
でも、コストが高くなっても品質を優先することを決めたのです。
折りしも時代はエネルギーの転換期、石炭の時代は終わりを迎えていたのです。
だからこそ、メロンで勝負しなければ。杉目の言葉がみんなの背中を押しました。

昭和46年、築地市場 かけそば1杯100円の時代に夕張メロンは1個800円でした。
高額の値段に市場の人も驚きましたが、その一級品の味にさらに驚かせました。
丁度食べ頃のタイミングになるように、飛行機で運んだ結果でした。

これに目を付けたのが一流百貨店。高級な季節の贈答品として扱いたいと申し出ました。
しかし、メロン農家は納得できませんでした。百貨店に並ぶと食べ頃の時期が過ぎてしまうからです。
そこで考え出された答えが、収穫したメロンを直接送る「産地直送」
こうして実物を見ないで販売する「産地直送」という新しいシステムが出来たのです。
全てが均一で確かな品質の夕張メロンだからこそ、このシステムが可能だったのです。
こうして、夕張メロンはブランド商品として不動の地位を獲得したのでした。


●コダワリのオススメ
ケーキスタンド.gif
ハッピーバースデーの曲が流れるケーキスタンド+ケーキサーバーが紹介されました。
ケーキサーバーの画像は見つけられなかったのですが
ハイローラーズのミュージカルケーキスライスという商品じゃないかと思います。

2008年06月21日
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未来創造堂 第114回 世界のナベアツ 近藤芳正

未来創造堂 第114回のゲストは、近藤芳正さん、世界のナベアツさんでした。

●コダワリのトーク

コダワリトークの前に世界のナベアツさんのアホの顔を作る練習
「自分の耳を自分で噛むような感じ」にするとよいそうです。(笑
顔は出来ても、あの声がなかなか出ないですね^^;


近藤芳正さんのコダワリは、祖師谷大蔵

祖師谷大蔵に2年前まで住んでいたという近藤さん
7〜8年住んでたこともあり、思い出が色々詰まっているそうです。
木梨さんの実家、木梨サイクルもある祖師谷商店街の街並みの一部を写真で再現
近藤さんが何回も通ったというお店を紹介してくれました。
近藤さんが好きだったお店とメニューも紹介
・ラッシュアワー(珈琲店それいゆ)
・プタイカレー(馬来西亜カレー)
・牛肉とピスタチオ入りソーセージ、ペッパーサラミ、スモークレバー(スモークハウスTERA)
・アジの南蛮漬け(とんかつ鈴の家)

近藤さんの祖師谷大蔵の思い出は、前の奥さんとの思い出ばかりだそうで・・
奥さんと別れてから、祖師谷とも別れたという感じだそうです^^;



世界のナベアツさんのコダワリは、スナックの粉

ナベアツさんは子供の頃からスナック菓子が大好きだったそうです。
しかし、実家に置いてあったお菓子がカリントウなどの和菓子だった為にあまり食べれなかったんだとか
その反動なのか、1人暮らしを始めた時にスナック菓子を好きなだけ買って喜んだそうです。
そんなナベアツさんが一番好きなスナック菓子が「ハッピーターン」
そのハッピーターンの粉が特に好きで、粉だけ売って欲しいくらいなんだそうです。
番組スタッフはナベアツさんの為に粉だけ採取!その量80袋分。
ちょっと大きめの瓶いっぱいに入った粉にナベアツさんは大興奮でした。
その粉を「ハッピーパウダー」と呼んでましたが・・・
ナベアツさんの夢、ハッピーパウダーを色んな料理にかけて食べる!を実践
ご飯にかけて食べて見ると・・ ナベアツさんはウマイ!と絶賛
他の人の反応はイマイチ^^; 西尾アナ曰く、デンブみたいな味なんだそうです。
ナベアツさんのもう一つの案、白身魚にかけて食べる。
こちらは大失敗!ありえないくらい味がケンカしまくりだったみたいです^^;


●コダワリのVTR
「はかりの未来を切り拓いた男 池田 哲雄」

京都の老舗秤メーカー石田、その開発部に池田哲雄は所属していました。
1972年1月、池田達は新型の秤の開発を命じられます。それは、ピーマンの自動計量機。
ピーマン1袋150g、その当時のこの袋詰めは全て手作業で行われていたのです。
その手間と詰め過ぎを無くしたい、という高知県のとある農協からの依頼でした。

大きさが均一な物なら測るのは簡単ですが、ピーマンの大きさはバラバラ
池田達は、あらかじめピーマンを大きさ事に分け、均一にしてから量る方法を考えました。
大きいピーマンと小さいピーマンを分け、別の投入口から入れて機械で調整し量る。
試作機を持って農協へ行った池田ですが・・
機械に入れる前に手で測るなら、はなから手で測ります!と激怒されました。
池田は返す言葉もありませんでした。

何一つ打開策を得られないまま時間だけが過ぎていきました。
半年が過ぎ、池田はワラをもすがる気持ちで、農協の作業現場に出向きました。
そこでは農家のおばちゃんが黙々とピーマンを袋詰めしていました。
熟練のおばちゃんでも1分間に量れるのはせいぜい4袋でした。
その作業を見ていた、池田はあることに気付きます。おばちゃん達の手の動き!
1個ずつではなく、何個かまとめて秤に乗せている・・・
おばちゃん達は、長年の勘で合計150gになる組み合わせが分かっていたのです。

おばちゃん達のこの技を機械化すればいける!
複数のピーマンを別々の秤で量り、合計150gになる組み合わせを見つける。
では、同時に何個のピーマンを量ればいいのか、池田達は実験を重ねました。
一度に量る数が少ないと、どう組み合わせても150gにならない時がある。
ピーマンを量り、計算を繰り返して、何個なら大丈夫か調べました。
そして、8個同時に量れば150gの組み合わせが必ずあるという結果が出たのです。

8個の秤を円形に並べて、ピーマンを同時に量る。
その中から150gになる組み合わせをコンピューターで選び出す。
目指す機械のイメージが出来、その製作が進められました。
こうして、「組み合わせ式ピーマン自動計量機」完成しました。
手作業では15秒で1袋だった作業が、1秒に1袋という早さになりました。
開発から1年、ついに試作機を披露する時が来ました。
次々に袋詰めされていくピーマン、5分間で300袋も袋詰めされ
その全てが150gという結果を得ることが出来ました。

この組み合わせ式自動計量機は、日本だけでなく世界中が待ち望んだ物でした。
あらゆるニーズに答え、進化し続けたこの機械は、現在世界で70%ものシェアを誇っています。

ポテトチップスなどのスナック菓子もこの計量機が使われていて
スタジオでは、最新の機械(口が14個ある)の様子が映されました。
ナベアツさん用に30gにピッタリ計測されました(笑


●コダワリのオススメ
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↓詳細はコチラ
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番組で紹介された物はボディが黄色でしたので、この商品ではありません^^;
でも、用途は同じです。グラスや卵に好きな絵や文字が彫れます。
15種類のアタッチメントが付いてるので、色々な物を研磨出来るみたいです。


2008年06月14日
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未来創造堂 第113回 北村一輝 加藤夏希

未来創造堂 第113回のゲストは、北村一輝さん、加藤夏希さんでした。

●コダワリのトーク

北村一輝さんのコダワリは、壁紙はり

お父さんが内装屋さんで、北村さんはよくその手伝いをしていたそうです。
そのせいもあって内装にはうるさく、賃貸なのに部屋を大改造!
その部屋を出た後に、すごい請求が来て苦い経験をしたそうです・・・
現在の住まい(きっと賃貸ではない)も自分で色々やっているという北村さんの腕前披露!

用意されたセットにレンガ模様の壁紙を貼りつけました。
作業中は殆どトークもなく、黙々と作業が続けられました(笑
模様の合わせ方やスイッチの場所の張り方など感心してしまうところがありましたね。
繋ぎ目もアップで見ないと分からない程の出来。お見事でした。



加藤夏希さんのコダワリは、天津飯

加藤さんは、自分の中で○○フェアというのを作るのが好きなんだそうです。
現在の加藤さんのフェアは、天津飯フェア!4ヶ月くらい続いてるらしく
上海龍(シャンハイドラゴン)というお店で毎日のように天津飯をデリバリーしているそうです。
そのお店で天津飯を注文すると毎回味が違っているらしく・・
ベストマッチの日もあれば、水っぽい日もある・・

同じ店でそんな事あるのかな?と番組で用意されました。
味が違うのは、料理人が3人いて日によって調理する人が違うからでした^^;
張さん 王さん 蔡さん 得意料理がそれぞれあるから味にバラつきが出てしまうみたい
加藤さんの好きな天津飯は張さんの作ったもので、他2人の味と全然違うそうです。
木梨さん、西尾さん、北村さんも張さんが一番美味いと絶賛していました。

1260円以上ないとデリバリー出来ないということから、杏仁豆腐もよく注文するそうです。
その杏仁豆腐も味にバラつきが!杏仁豆腐は王さんのが一番美味いと意見が一致してました。

ちなみに、王さんの得意料理は「麻婆豆腐」だそうです。
そして、蔡さんの得意料理は「エビのチリソース煮」だそうです。
このお店は東京にあるのかな?注文出来る場所の人はお試し下さい^^


●コダワリのVTR
「ナイフの未来を切り拓いた男 岡田 良男」

1956年 大阪、岡田良男は小さな印刷会社に勤めていました。
印刷会社の仕事は紙の裁断が付き物。その頃の裁断には薄いカミソリの刃が使われていました。
この刃は、使っていれば当然切れなくなり捨てられます。
でも切れなくなったのは四角い刃の四隅だけ真ん中の刃はまだ使える状態でした。
岡田は使い捨てられるそのカミソリが勿体無いと思っていました。
そして、切っ先の鋭さがいつまでも鈍らない刃物が作れないかと考えるようになったのです。

岡田は考えだすとトコトンまで追求する完璧主義者でした。
いちいち刃を研がなくても切っ先を鋭く保つ方法・・・ヒントは幼少の頃にありました。
昔、靴職人は靴底の修理にガラスの破片を使っていました。
切れ味が鈍るとそのガラスの先を割り、先端を尖らせ小さくなるまで使っていたのです。
刃を折れば切れ味が蘇る! 岡田の試行錯誤が始まりました。
切る時は折れず、折りたい時に簡単に折れて、切れ味を復活させられる刃
刃物の常識を覆す、夢のようなナイフ作りに岡田は没頭しました。

まず作ったのが、カミソリを元にした薄くて長い刃。
その刃は、脆すぎて切ってる途中で割れてしまい使い物になりませんでした。
それを割れにくくする為にカバーで補強してみました。
使ってる途中で折れることはなくなりましたが、刃の切れ味を戻す為に折る時
折れ方がバラバラで、折った後の切れ味も散々なものでした。
折れりゃあいいと考えていた岡田は、折れ方も重要と思い知らされました。

途方にくれていた岡田にヒントをくれたのは「チョコレート」
敗戦直後、進駐軍が子供達にばら撒いていた板チョコです。
溝が刻まれていて、その線に沿ってパキッと綺麗に折れる!
早速、岡田は刃に溝を刻んでみました。これで刃の折れ方は均一になります。
ついに夢のナイフ完成かと思われましたが、ここからさらに緻密な計算が必要になりました。
理想的な刃の厚さ、理想的な刃の幅、理想的な刃の角度。
この3つの要素のバランスが鍵、理想的な刃を作り出す為に作業を続けました。

勤めていた会社も辞め、ナイフ作りに没頭し、ようやく念願の折れるナイフが完成!
厚さ0.38o 幅9o 角度59度 の刃 構想から3年の月日が経っていました。
このナイフで世の中を驚かしてやるぞ〜と意気込んだ岡田ですが
発売されたこのナイフの売れ行きは驚くほど悪いものでした。
折れる刃物という発想が、当時の人達にはすぐに受け入れられなかったのです。

しかし、岡田のナイフはデザイナーや印刷所などで評判を呼びはじめました。
丁度、建設ラッシュとも重なり、建設現場などでも重宝されはじめ需要は一気に高まりました。
100カ国以上の国に輸出され、made in japanの完璧なカッターナイフとして愛用されています。
発売から50年。その刃は、厚さも幅も角度も当時のまま
世界の国のメーカーが全く同じサイズを採用してる事が完成度の高さを証明しています。
ブランド名の「OLFA」は「折る刃」をもじって付けられたそうです。


●コダワリのオススメ
ロングはさみ.jpeg
↓詳細はコチラ
サンスター NEWロングはさみ

番組で紹介された物とはチョット違います。こっちのほうが長いかも!?
用途は同じで何回も動かさないと切れない大きな紙をスパッと一度で切れるはさみです。
スクラップを作る時に重宝するんだとか・・・
それ以外の用途はあまりなさそうですね^^;長いので取り扱い注意のはさみです。

2008年06月08日
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未来創造堂 第112回 BOSE 工藤夕貴

未来創造堂第112回のゲストは、工藤夕貴さん、BOSE(スチャダラパー)さんでした。

●コダワリのトーク

工藤夕貴さんのコダワリは 野菜作り

野菜作りに凝っている工藤さん、家の裏庭を農園のようにして自家栽培しているそうです。
無肥料・無農薬栽培で在来種の種を自家採取して育てることがコダワリ。
在来種というのは、日本で昔から作られてきた野菜のことで、小松菜や京菜などがソレにあたります。
農家の人が自分の土地に馴染むように育ててきた野菜、その野菜から取れた種。
Hそういう種を使い、雑草のような野菜を育てようってことでやってるそうです。

テーブルの上に用意された工藤さんが作った野菜を試食、小松菜・水菜・キャベツなど
どれもみずみずしくて美味しいと絶賛されていました。
無肥料・無農薬でそこまで育つのは、種の強さなんだと工藤さんは言ってました。
そして、工藤さんオススメの珍しい在来種の野菜が登場
大根の美味しさに、みんな大絶賛! すごく甘いんだそうです。
続いて、長ねぎ。生の長ねぎをパクリ、これまた美味いと憲武さんビックリ。
最後にじゃがいも。これは蒸かしてパクリ、憲武さんバクバク食べてました^^;
BOSEさんは、もう一度大根に戻りたいと、大根の味はかなり衝撃を受けたそうです。

日向があれば、プランター栽培で野菜は育てられるので、みんなやって欲しいと工藤さん。
初めての人にオススメなのは「葉レタス」虫に強く育てやすいらしいです。
あとは、トマトも結構育てやすいみたいです。



BOSEさんのコダワリは CD収納

CD・DVD・レコードが沢山あって、家の中に収納スペースが無くなってしまうのがBOSEさんの悩み。
それが何とかならないものかと色々考えているそうです。
まずはCD。プラスチックケースに入ったCD、CDはペラペラなのにケースが分厚すぎる!
写真のアルバムみたいに、CDが収納できるケースありますよね。
最初はアレを使っていたんだそうです。50枚用、100枚用。結構入ります。
しかし、このケースではCDにある裏ジャケットが上手く保存出来ないのが不満だったそうです。
そこで発見したのが、裏ジャケットもスッポリ入って、昔のレコードのように収納可能なソフトケース。
これにすれば、売られている時のケースの1/3の薄さになるんだとか。
これをカゴに入れて、昔のレコード屋みたいな形にして、探しやすくキッチリ収納。
さらに、このカゴがピッタリ入る棚を探し出して、そこにカゴを並べ収納しているそうです。
このカゴも棚も偶然見つけた物で、それが無くなると困るんですが・・・
この前行ったら、ちょっと形が変わっていたそうです^^;

そんなBOSEさんのさらなる悩みがDVDの収納。
CDとほぼ同サイズのCDをなんで大きなケースに入れるのか、そこが不満らしいです^^;
これをCDのように上手に収納出来ないか・・ 番組で考えだしました。
これで特許でも取ったら億万長者になんて言ってましたが、そのようなケースはすでにあったのです。
既に売られているDVDソフトケースがスタジオに登場。
何種類か販売されているようですが、大きさが良いと質感が悪かったり
どれも一長一短、それに合うカゴや棚も必要、納得のいくDVD収納は時間がかかりそうです。

BOSEさんの紹介した物とは違いますが、このようなソフトケースです。
コクヨ ソフトCD/DVDケース(MEDIA PASS)白

このタイプの製品のサイズがだいたい同じ(W141×D131)ですので
これに合ったカゴ探しのほうが大変そうですね。

↓コチラのサイトにBOSEさんのCD収納が詳しく書かれています。
http://www.1101.com/BOSE_junk/2003-12-25.html

●コダワリのVTR
「ブドウの未来を切り拓いた男 大井上 康」

時代は大正8年、日本に西洋文化が入ってきた頃。
農学者 大井上康は、静岡の伊豆に研究所を構え、新しいフルーツを作ろうとしていました。当時27歳。
それは、ヨーロッパ留学中にフランスで食べたブドウ。
今まで口にしたことのないその甘さに大井上は魅了されました。
その当時日本にあったブドウは、渋みが強くヨーロッパのものとは大違い。
大井上はヨーロッパからブドウの苗を輸入し、静岡の畑に植えてみましたが・・
夏場の気温が高く、雨の多い日本では、その苗は瞬く間に枯れてしまいました。
ならば、従来からある日本のブドウと輸入した苗を組み合わせればどうか・・
当時日本にあったブドウ5品種と世界のブドウ2000種以上。
試行錯誤し、その膨大な数の中から、日本産で病気に強い「石原早生」と
糖度の高い海外品種「センテニアル」の掛け合わせに辿り着いたのです。

しかし、ブドウの種を植えてから実を付けるまで早くても3年かかります。
自分の求める甘さが出たかどうかは、3年経ってみないとわからないのです。
掛け合わせを繰り返し、新種のブドウが実ったのは研究開始から18年後。
大井上は44歳になっていました。
新種のブドウは、今まで見たことのない実をつけました。
大井上は直感しました。大きさとみずみずしさは申し分ない。これなら夢に見たブドウが出来る!

このブドウをもっと甘くするには、栽培方法を極めていくしかありません。
大井上は、肥料に目をつけ、窒素・リン酸・カリウムを豊富に与えました。
どの肥料をどのくらい与えたか、ブドウがどのように育ったかデータを集める日々が続きました。
そんな中、太平洋戦争が始まりました。
食料難となった日本は、果樹園の木が伐採され米や芋を作る畑に変わっていきました。
大井上の果樹園も軍からブドウの栽培を禁止する命令が下りました。
彼はそれに反発し、こんな時代だからこそ甘いブドウが必要なんだと奮起しました。
昭和17年、さらなる悲劇がありました。
例年にない大雨で、畑にまいた肥料がほとんど流れてしまったのです。
落胆しながら実ったブドウを食べてみると・・・ 甘い!!
悲劇と思われた事が、思わぬ結果をもたらしたのです!

肥料の与え方を間違っていなのかもしれない・・・
甘さを増す為に、肥料を足していくのがそれまでの与え方でした。
しかし、逆に不要な肥料を与えなくすることが重要なのでは・・・
何度も肥料の配合を変えては試し、ついに完璧な方法を見つけ出しました。
苗の時期には、カリウムを全く与えないようにしました。
株が成長する時期には、リン酸を全く与えないようにしました。
そして、実が成長する時期には、肥料を経つことで甘いブドウに育つのです。
※果実をつけたときにカルシウムを与える「栄養周期説」

1から肥料のやり方を変え、大井上はブドウを育て直しました。
ブドウを育て続けて27年。大井上54歳の時についに究極のブドウが完成したのです。
大粒で甘いそのブドウは、伊豆の研究室から見える富士山にちなんで
「巨峰」と名付けられました。
巨峰は今や世界中に広まり、アメリカ・南米・アジア各国で「KYOHO」という名で栽培されています。
巨峰の糖度は約18度、果物や野菜の中で最も糖度が高いのです。


●コダワリのオススメ
背中ぬりっこ.jpeg
↓詳細はコチラ
ぬりたいところにすぐ届く!〜背中ぬりっこ

今週はもう1品
ひとりでペッタンコ.jpeg
↓詳細はコチラ
しっぷ貼りひとりでペッタンコ

背中へ湿布を貼ったり、薬を塗ったりというのは1人では難しいですね。
そんな時に便利な道具2点が紹介されました。1人暮らしの人にはいいですね。
2008年06月01日
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未来創造堂 第111回 原口あきまさ 里田まい

第111回のゲストは、原口あきまささん、里田まいさんでした。

●コダワリのトーク

原口あきまささんのコダワリは 癒しおもちゃ

原口さんくだらない癒し系おもちゃが大好きらしく、お気に入りのおもちゃを紹介してくれました。
・飛び上がるゴム製のおもちゃ
・∞えだまめ (エダマメを出す時の感触を楽しむおもちゃ)
・フェイスバンク(壁面にある顔がお金を食べます。)

癒しグッズとしてプレゼントされることも多いらしく、たくさんのおもちゃを持ってるそうです。

その中でも昔からあるゲーム的おもちゃ「黒ひげ危機一発」
これを極めたと豪語!どこに刺すと飛び上がるのかわかっちゃうらしいのです。
最後まで黒ヒゲを飛び上がらせないというチャレンジが始まりました。
「原口さん危機一発」もし黒ヒゲが飛んだ時は痛〜い足ツボマッサージが待ってます。
刺す剣は残り5本・・・ 一本目でドーーーン 飛び上がりました^^;
これじゃあ話にならないと、残り5本から再度チャレンジ(笑
一本目・・・セーフ! 2本目セーフ! 3本目セーフ!!
ついに残り2本。あと1本刺せば完全クリアです。
運命のファイナルチャレンジ・・・ ガチャッ

ドォーーーーン

原口さん悶絶^^; ヒーローにはなれませんでした。
でも、やる前からラスト2本までは絞れますよと豪語していたのでコツがあるんでしょうねぇ
お笑い芸人としては、飛ばしたほうがおいしいから、わざと飛ばした!?(笑

・∞エダマメ
∞エダマメ.jpg
バンダイ ∞エダマメ


・フェイスバンク
フェイスバンク.jpg
高田コレクション フェイスバンク


・黒ヒゲ危機一髪
黒ヒゲ危機一髪.jpg
NEW黒ヒゲ危機一髪ゲーム




里田まいさんのコダワリは お料理

おバカキャラが売りの里田さんですが、キャラに似合わず?料理が得意なんだそうです。
キッカケは高校時代の自分のお弁当作りから、料理暦は結構長いみたいですが
いつも自分ばかりで人に披露したことが無いそうで・・・今回のこの番組の料理が初披露!

里田さんの作った料理は
・明太チーズ玉子焼き
(決め手は明太子とチーズ(花畑牧場「カチョカヴァロ」らしいです。)
・豆腐ハンバーグ
(ひき肉 塩・コショウ・お酒 片栗粉 玉ねぎ 豆腐)
・煮干しから取ったダシを使ったお味噌汁
(具は、なめこ ワカメ 豆腐)
これらの合計調理時間は45分だったんだとか・・ 
ハンバーグは崩れそぼろ状になっちゃったし、手際はあまり良くないようです^^;
でも、味は美味しいと高評価!中でも明太チーズ玉子焼きが一番美味しそうでした。


●コダワリのVTR
「テニスラケットの未来を切り拓いた男 米山 稔」

米山 稔 ラケットメーカー ヨネックスの創業者です。
人類が初めて月面に着陸して、世界中が沸いていた頃
世界初のアルミ製バドミントンラケットを開発し、バドミントンの世界では頂点に登りつめていました。
そんな米山の次の一歩は、ラケットスポーツの頂点テニス!
その当時テニスの女王と言われたビリー・ジーン・キングとマルチナ・ナブラチロワ
大胆にもその2人と共に、テニスラケットの頂点に立とうと考えます。

早速、勝手知ったるアルミでテニス用ラケットを作り、キングの元を訪れたところ
「そのラケットでサーブを打つと時速何キロでるの?」
スピードことなんて全く考えていなかった米山は愕然とします。
女王キングが求めていたのは速い球の打てるラケット。
その為に必要なのはスイートスポットの広いラケットだったのです。

スイートスポットは、ボールが一番反発するポイント。
ここでボールを捕らえることが出来ればスピードの速い球を打つことが出来ます。
ラケットに縦横に張られている糸(ガット)の最も長い糸が重なった部分がスイートスポットです。
ラケットを大きくすれば、スイートスポットも広がりますが、その分重くなってしまう。
その当時主流だった木製のラケットでは、大きくすれば強度も下がり折れやすくなってしまう。
そこで登場したのが、アルミ製のラケットです。
アルミによりラケットの大型化に成功しスイートスポットは広がりましたが、そこにも問題がありました。
軽いと思われるアルミでも、ラケット自体を大きくしたのではやはり重過ぎるのです。
重さも大きさも変えず、スイートスポットだけを広くしたラケット。
そんな相反する条件を満たしたラケットが、女王キングの望みだったのです。

四六時中ラケットを睨み続けた米山は、あることを思いつきます。
「ラケットは丸くなくてもいいんじゃないか?」
ラケットを四角くすれば、最長の糸が増え理論上はスイートスポットが広がることになる。
早速、試作してみたが・・・ 直角に曲げた四隅の部分の強度が低くなり折れてしまいました。
何かアルミに変わる素材は無いものか・・米山は考えました。
そして目を付けたのが、NASAが宇宙ロケットの開発に採用した新素材「カーボン繊維」でした。

カーボン繊維は、アルミより軽く強度も高いが、アルミに比べれば格段に高価なもの。
他社がアルミでどうにか出来ないか試行錯誤している中、米山の決断は冒険に近いものでした。
キングを振り向かせるには、立ち止まっていられない。米山は奮起します。
丸い形の強度を保ちながら、四角にギリギリまで近づける、その為に四隅に微妙なカーブをつける。
あらゆる無駄な部分を削り落とし、ついに米山自身が納得するラケットを生み出しました。
このラケットのスイートスポットは、これまでの円形のラケットに比べボール2個分も広がりました。

このラケットにキングは大絶賛!カーボン製のラケットは驚きの軽さを実現していました。
カーボン製ラケットは約300g、アルミ製約340g、木製約400g
木製やアルミ製に比べて格段に軽くなったのです。
同じ選手のサーブのスピードを比較してみると
木製では時速181キロに対し、カーボン製では194キロを計測しました。
ラケットの重さで、打球にこれ程の差が出るのです。

女王の要求に見事答えた米山。女王2人とプロスタッフ契約を結ぶことに成功しました。
80年代に入り、女王の名を受け継いだナブラチロワは、米山のラケットで一時代を築きます。
ウィンブルドン6連覇、全豪、全仏、全米のタイトルも獲りグランドスラムを達成しました。
その後、テニス界ではスピード時代が到来。
女子選手でも時速200キロの壁を越え、
男子選手では、アンディ・ロディック(米)が時速249キロを叩き出しています。

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