オークション情報 『格安便利グッズ』
2008年09月06日
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未来創造堂 第125回 佐野史郎 須藤理彩

第125回のゲストは、佐野史郎さん、須藤理彩さんでした。

●コダワリのトーク

佐野史郎さんのコダワリは、ギターのひずみ

自らのバンドでギターとボーカルをやっている佐野さん。
基本的にロックが好きで、エレキギターが大好きみたいです。
エレキギターの綺麗な音が好き、速弾きが好きと好みが分かれる中
佐野さんが好きなのは、ギターのひずんだ音色なんだそうです。
「ディストーション」とか「オーバードライブ」と言い方が色々あるみたいで
佐野さんが好きなひずみの入った曲を紹介してくれました。
「I FEEL FINE ビートルズ」
レコーディングの時に、偶然ハウリングした音だというエピソードがあるそうです。
「I'M DOWN ビートルズ」
佐野さん自身がipodで持ち込んで紹介。
間奏のギター演奏が佐野さんのお気に入り、かなりノリノリでした。

ひずみは、アンプを通すことで起きるらしく、アンプのメーカーによってひずみ方も違うんだとか。
このひずみをわざと使う為に、音をひずませるエフェクターが出来たそうです。
そのエフェクターを使い、佐野さん自身がギターを演奏してくれました。
説明を聞きながら聴くと、ひずみのある音と無い音の差がよく分かりました^^


須藤理彩さんのコダワリは、ベビーカー

1歳6ヶ月のお子さんがいる須藤理彩さん。
事務所の会長がお祝いにベビーカーをプレゼントしてくれるということで
色々と調べてみたそうです。調べる前は一般的な4輪のものしか知らなかったそうですが
調べてみると、沢山の種類があって、どれにしようか凄く迷ったそうです。

色々調べて、悩んで悩んで、よ〜やく見つけた理想のベビーカーが
イギリスの自転車メーカー マイクラライト社のベビーカーなんだそうです。
特徴としては、タイヤが大きいのでクッション性が優れていてデコボコ道でも楽なんだとか。
須藤さんがそのベビーカーを貰った次の年に、最新版の物が販売されたそうで・・・
最新版では、須藤さんが思っていたいくつかの弱点
日よけがちょっと短い、椅子の下の荷物入れが入れにくいという点が改良されてるそうです。

スタジオに色々なメーカーのベビーカーが登場。
須藤さんの使っているメーカーの最新版のベビーカーもありました。
名前が挙がった数社を紹介します。
「マクラーレン(英)ケイト・スペード」
ケイト・スペードというカバンのメーカーとマクラーレンがコラボして作ったベビーカー
デザインの可愛いものが多いそうです。

「シルバークロス(英)ケンジントン」
イギリス皇室御用達のベビーカー、39万8千円の超高級品。

「コンビ(日)グランパセオ」
日本製のベビーカー、街で一番良くみるタイプです。

「マイクラライト(英)toro・ストローラー」
須藤理彩さんオススメのベビーカー、大きめの後輪が特徴的です。
詳細はこちら→Micralite(マイクラライト) toro・ストローラー オレンジ
折りたたんでの持ち運びも楽に出来そうですね。

シルバークロスを除いた3社のベビーカーで障害物競走が行われましたが・・・
ベビーカーを選ぶ基準にはなりそうにないレースでした^^;

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●コダワリのVTR
「カメラの未来を切り拓いた男 更田 正彦」

日本光学(現 ニコン)は戦時中、戦艦大和に搭載された「測距儀」の製作を手掛けた会社でした。
「測距儀」とは、敵の船との距離を測るもので、50キロ先まで正確に測れたそうです。
終戦後、会社は転換を迫られます。軍も戦艦ももう無い。
築き上げた技術をどこに活かせばいいのか・・
会社は、光学技術を転用出来るカメラの製作に乗り出しました。
会社の未来を任され、そのチームを引っ張ったのが更田正彦です。

当時、世界をリードしていたのは、ローライ、コンタックス、ライカといったドイツ製のカメラでした。
更田達は、その精巧なメカニズムを徹底的に研究し
ライカと同じタイプのカメラ、「ニコンS」シリーズを発表しました。
このカメラの仕組みは、カメラ前面にレンズが取り付けられ、その脇に小さな窓がある。
この窓を覗き、ピント合わせや構図を決めシャッターを切るというものでした。
このタイプのカメラは、レンズと小窓に微妙なズレが生じてしまう弱点がありました。
遠い景色なら問題ありませんが、被写体が近くなるとズレが大きくなってしまうのです。

更田は、ファインダーで見たままを写真に出来ないかと考えます。
そこで目指したのが「一眼レフカメラ」の製作です。
ところが・・ ライバルの光学メーカーが国産初の一眼レフカメラを発表。(アサヒフレックスT型)
一番に発表は出来なかったものの、当時の一眼レフは壊れやすく耐久性に問題がありました。
更田達のチームは、プロを納得させるだけの頑丈さと性能を目指し研究を続けました。
試行錯誤を続け、他メーカーには無いカメラが完成しつつありましたが
更田には一点だけ納得のいかない部分がありました。それは、「シャッター」でした。

レンズの捕らえた光を一瞬の開閉でフィルムに感光させる役シャッター
レンズとフィルムの間にあるシャッターは、普段は閉じている薄い幕です。
光を通さないこのシャッター幕は、カメラ本体にコンパクトに巻き取られています。
巻き込む事が可能な素材ということで、当時は布製の黒い幕が使われていました。
でも、誤ってレンズを太陽に向けてしまうと穴が開くという難点があったのです。

更田は、布に変わる素材を探しました。
燃えなくて丈夫で、しかも布のように巻き込むことの出来る素材。
更田が辿り着いた素材は金属! それも高級素材のチタンだったのです。
かくして、0.025oまで薄くしたチタン製シャッターが完成。もちろん世界初の試みです。
太陽の光なんてへっちゃら!巻き込んでは開く15万回のシャッター開閉テストもクリアしたのです。

こうして、1959年6月「ニコンF」が誕生しました。
他のメーカーが2万円台だったのに対し、ニコンFは6万円台。
当時の価値にすると120万円相当の高級品だったそうです。
高価にもかかわらず、どんな環境でも壊れない頑丈さが認められ
プロのカメラマン、特に戦場カメラマン達が絶大な信頼をよせました。
豊富な交換レンズや連続撮影を可能にしたモータードライブなど
どんな被写体をも逃さないシステムで、ニコンFはライバルを大きく引き離しました。
ドイツの真似事と言われた日本カメラの地位を大きく引き上げたのでした。


●コダワリのオススメ

・狭い所も照らせるサーチライト
http://souzoudoukodawari.seesaa.net/article/106102937.html




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